6話「お妃様の陰謀 103」
マオは派手に円盤を飛び回らせて宿泊客の視線を集める。
ステージから視線を切り離す為だ。
「練習通りにすればいいのじゃ、いくぞミケラ」
ミケラとの練習は散々やった、もう問題はない。
「わたしは大丈夫だよ」
ミケラは自信満々に返事をし、その返事を聞いてマオは円盤のひとつをミケラの足下に滑り込ませる。
マオはまだ気がついていなかった、ミケラがタマンサの歌に触発されてひどく興奮している事を。
「いくっよぉぉ!」
かけ声と共にマオの寄越した円盤の闇の中にミケラの身体が沈み込む。
円盤に気を取られ、ミケラの姿が消えたのを宿泊客は誰も気がつかなかった。
「ひゃっほ~っ」
満面の笑顔でミケラが宙を飛ぶ別の円盤から飛び出し、手にしているかごの中から花びらを蒔く。
「おおっ」
突然、ステージに居たはずのミケラが空中に飛び出してきて花びらを蒔いたので驚きの歓声を上げる宿泊客達。
空中に飛び出したミケラの身体は直ぐに落下を始めるが、別の円盤がミケラの下に回り込むと、ミケラの身体はその円盤の闇の中に消えてしまう。
「やっほ~っ」
ほぼ同時に別の円盤からミケラが飛び出し、花びらを再び蒔く。
「練習の時より速く感じるのじゃ」
マオはミケラの移動の速さに少し違和感を感じた。
影移動は影の中を移動する移動法で、影の中を移動する速さには個人差があり、ミケラの場合はかなりの速さで影の中を移動出来る。
その上、一回の影移動から次の影移動までのインターバルもほぼ無し。
マオの操る闇の円盤から円盤へ移動出来るのも、ミケラだから出来る芸当なのだ。
しかし、マオはミケラの影から影へ移動する速度が練習の時より速く感じたのだった。
少し嫌な予感がした。
ミケラは調子に乗ると影移動の速度が上がるのだ。
練習の時もそれでずいぶん苦労させられた。
影移動の速度が上がるとミケラを受け止める為の円盤を移動させるタイミングか狂ってしまう。
もし、受け止め損なったらミケラが落ちてケガをしてしまう。
タマンサに何度かミケラを出すのは止めるように言ったのだが、
「大丈夫、わたしはマオを信じているわ」
と取り合ってくれなかった。
見かねたモモエルがミケラの着ている服に何か仕掛けをしてくれたようで、
「危険と思ったらこのボタンを押して下さいね」
と小さな押しボタンを渡され、今もそのボタンは手に握っていた。
「考えても仕方ないのじゃ、今は全集中じゃ」
当のミケラは浮かれに浮かれていた。
「楽しい」
練習の時はただマオの操る闇の円盤から円盤へと移動するだけだった。
それはそれで楽しかったが、今は手にしたカゴから花びらを蒔くのが加わっている。
空中で花びらを蒔くと、ぱっと広がってひらひらと舞い落ち、その花びらの中を抜けて落ちていくのが楽しくて仕方ないのだ。
それに、
「お母さんのお歌素敵」
タマンサの歌う陽気な歌にミケラは完全に心を奪われていた。
歌に合わせるようにミケラは影移動をしながら花びらを蒔く。
高揚感が高まれば高まる程、ミケラの影移動の速度は上がり、ついに宿泊客にはミケラが二人に増えたように見え始める。
「あれ、あの子二人いないか?」
「さっきの子達みたいだ」
チャトーミと黒妙の事を思い出す宿泊客もいた。
ミケラがあちこちに飛び回り、花びらを蒔くので、広間一杯に花びらが舞う事になり、タマンサの歌が更に心を高揚させ、宿泊客は次第に幻想的な雰囲気に飲まれていった。
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