6話「お妃様の陰謀 71」
「お銚子は広間で燗をするなんてどうだ?その方がお客の待ち時間も少なくなって喜ばれるんじゃないか」
板長から思わぬ解決策が出てきた。
「いいのかい、板場だって忙しいのに。燗をする板前を割く事になるよ」
燗をするにも美味しく飲んで貰う為にはそれなりの技術がいる、客商売である以上、仲居やタマンサ達に任せる事は出来ないのだ。
「安の野郎に燗の修行を付けていたんだが、使い物になるくらいには腕を上げてきたから・・・おい、安。出来るな」
安は半年前に雇われたばかりの見習いの板前だ。
「はい、板長。任せて下さい」
安はここぞとばかりに元気に返事をした。
「こいつは包丁捌きはまだまだだが、酒の燗に関しちゃなかなか良い腕してるから。安、任せるぜ」
「うっす」
「と言う事でお銚子の方は片付いたぞ」
「うむ、すまん」
クッロウエルらしい返事をする。
これでも礼を言っているつもりなのだ。
「ありがとうございます」
代わりにモモエルが深々と頭を下げた。
「いいってことよ、これも宿の為だ」
素っ気ない返事をしながら板長は照れ笑いをする。
「俺たちはもう少し振動を拾わないように工夫するぞ」
「はい」
モモエルとクッロウエルはワゴンを押して工房に戻る。
「さてどうした物かな・・・押した時にワゴンの車輪に少しぶれを感じたな」
ワゴンの車輪は四つ付いていたが、軸受けは馬車と同じすべり軸受けが使われていた。
二つの金属の円筒をはめてその隙間に油を入れて使う軸受けだ。
古くから馬車に使われ、技術的には熟成の域に達してはいたが、馬車のように荷重のかかる物に適している軸受けで、ワゴンのように軽く押して動く事を求められる物にはあまり向いていなかった。
ベアリングが無いわけではないが技術開発が始まったばかりで、まだまだ精度が低く一般にはまだ使われていない。
一つ目ちゃん二号や三目ちゃんには魔法付与されたベアリングが使われているが、それは魔法道具研究所だから使える物なのだった。
「作るかベアリング」
クッロウエルはワゴン用にベアリングを作る事を決意する。
ベアリングを使えば車輪が回転した時の振動が減るし、車輪もなめらかに回るようになるので使い勝手も良くなる。
「車輪の方はお任せします、わたしはサスペンションは無理でも他に振動を減らす方法が無いか考えてみます。絨毯からの細かい振動は車輪を改良しただけでは解決しませんから」
絨毯の上を通さなければならない以上、絨毯からの振動から逃げる事は出来ないのだ。
その対策もしなければ車輪だけ改良しても意味が無い。
「よし、そっちは任せたぞ」
「はい」
こうして二人はワゴンの改良作業に入った。
(Copyright2023-© 入沙界南兎)