2話「城下の黒い影 その4」
「離せ、離してよ」
虎次郎に襟首を掴まれた襲撃者は、逃げようとしてもがいたが、虎次郎にはまるで刃が立たない。
「トランスロット、懲りねえな」
チャトーラが呆れた声を上げ、虎次郎に捕まっているトランスロットを見る。
「兄ちゃんが悪いんだ、仲間になりたかったら旦那から一本取って見ろなんて言うから」
トランスロットはロレッタの弟で10歳だ。
お妃様がミケラを生んだ後に体調を崩し、5年ほど療養地で暮らすこととなった。
その間、二人の母親が乳母としてミケラの面倒を見、小さい時から二人もミケラの遊び相手をして兄妹同然に育ってきたのだ。
「ミケラは僕が守るんだ」
とミケラの散歩に一緒について来ようとしたのでチャトーラが、
「虎次郎の旦那から一本取れるくらいに強くなけれりゃ、連れて行けないぜ」
と言って追い返してから、隙を見ては虎次郎を狙うようになったのだ。
「虎次郎、お兄ちゃんを離して」
ミケラに言われ、虎次郎はトランスロットを捕まえていた手を離すと、トランスロットは凄い勢いで走って逃げて、充分距離が離れたところで振り返り、
「い、いつか一本決めて、や、やるんだから」
と叫ぶと街の中へと走り去る。
「頑張れよ少年」
チャトーラがトランスロットの背中にそう声を掛け、手を振って見送る。
「兄ちゃん、性格悪いよ。トランスロットが旦那から一本取れるわけ無いじゃない」
「わかんねぇぜ、なんかの奇跡が起きて一本取れるかもしれねぇし、旦那がわざと負けてやる事だってあるわけだしな」
「拙者は手抜きはせぬ、来る者には全力で当たるだけ」
「ふんっ」と鼻息も荒く言い放つ。
「全然負けてやる気ないぜ、わははははは」
「旦那らしいよね、あははははは」
兄妹は意味も無くハイテンションに笑う。
「ねぇ、用事は終わった?」
ミミが「何だったの、今の?」と言う顔で空中から見下ろしていた。
「わりぃ、わりぃ」
「姫様、行こうよ」
チャトーミがミケラの手を引いて歩き始める。
ミミの案内で一行は商店街の裏通りへと出た。
そこは華やかな表通りとは違って雑然とし薄暗い場所であった。
ケットシー王国は治安はかなり良かったが、それも表通りや人の集まる場所での話。
裏通りや人気の無くなった寂れた場所にはあぶれた者達が潜むように集まり、治安は表通りほど良くない。
チャトーラとチャトーミはミケラを挟むように歩き、虎次郎は油断なく周囲の気配を探りながら歩く。
「大丈夫、大丈夫。そんなに心配しなくても、ここいら辺であたい達のお客に手を出す奴はいないから」
「そうじゃん、裏通りはあたい達のシマじゃん」
「四露死苦」
そう言って妖精達は気にもせず裏通りを進んでいく。
裏通りをしばらく進むと、唐突に妖精達が止まった。
著作権表記追加 (Copyright2021-© 入沙界 南兎)
2023/09/30 一部修正
(Copyright2023-© 入沙界南兎)