五話「ミケラの日 32」
「わたしのスープあげる」
ミケラがスープの入ったお皿を持ち上げる。
「ダメよミケラ、ちゃんと全部食べなさい」
ロレッタが注意した。
「だって、にんじんが入ってるんだもん」
どうやらミケラはにんじんが嫌いなようだ。
「食べやすいように細かく刻んであるでしょ、好き嫌い言わないで食べなさい」
「いや、いや。にんじん嫌い」
ミケラがだだをこね始めた。
「もうこの子は、だだをこねたって、全部食べるまでダメだからね」
「任せてちょうだい」
タマーリンがロレッタを止める。
「ミケラ様、こうして食べると美味しいんですよ」
タマーリンは自分の薄く切ったパンの上にスプーンですくったスープを薄く伸ばすと、細かく刻んだチーズを満遍なく乗せた。
「はいどうぞ、召し上がって下さい」
タマーリンから渡されたパンを受け取り、ミケラは恐る恐るパンを口にした。
濃厚なチーズの香りが口いっぱいに広がり、パンに染みたスープが美味しさを増してくれている。
それに粒々のチーズがにんじんの存在を消してくれていた。
ミケラはそのパンをパクパクと食べてしまう。
「美味しかった」
満面の笑顔のミケラを見て、タマーリンも嬉しそうに笑う。
「いいな、いいな」
サクラーノはうらやましそうに見ていた。
「サクラーノも欲しいですの?」
「うん」
タマーリンはサクラーノのためにも作る。
「さあどうぞ」
「ありがとう」
サクラーノは早速かぶりつく。
「美味しい」
サクラーノにも好評だ。
「うふふふ、喜んでもらえてわたくしも嬉しいですわ」
タマーリンは嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます、タマーリン様」
「いいのよ、わたくしも小さい頃はにんじんが嫌いでよくだだをこねましたの。それでお爺様が同じモノを作って食べさせくれたのですわ」
タマーリンは懐かしい事を思い出すように遠い目をして笑う。
「そうですわ、子供をにんじん好きにするとっておきのレシピがありました。書いてお渡ししますわね」
タマーリンは鞄の中から紙と鉛筆を出すと、さらさらとレシピを書いてロレッタに渡す。
「こんな簡単なのでにんじん好きになるんですか?」
書いてある内容は、にんじんを棒状に切ってお湯で茹で、茹で上がったらざるに空けて
水を切り、熱々のフライパンにバターを引いて水を切ったにんじんを炒めるだけの簡単なモノだった。
「コツはにんじんの芯を残さないように茹でて、それで型崩れしないようにする事ね。味付けは塩こしょうでもいいですけど、シンプルな味ですから色々試してみるのもいいかも。ロレッタはわたくしと違って、お料理上手ですから」
タマーリンに褒められて少し照れるロレッタ。
「これでミケラのにんじん嫌いが直りますか?」
「わたくしもこのレシピでにんじん嫌いが直りましたのよ、良いにんじんなら、本当にお菓子みたいに甘くて美味しいのですよ」
その言葉にミケラとサクラーノが反応した。
「お菓子みたいに甘いの?」
「美味しいの?」
「ええ、本当ですわ。お菓子みたいに甘くて美味しいですわよ」
タマーリンの返事に、ミケラとサクラーノの目がキラッと光る。
「作って、作って」
「お姉ちゃん作って」
二人してロレッタの周りで合唱が始まる。
「はいはい、お昼を食べたばかりだから、夕食の時にね」
「わ~い」
「やった」
喜ぶ二人。
(Copyright2022-© 入沙界 南兎)