五話「ミケラの日 24」
「それじゃ、もしこの勝負で俺がお前にタッチできなかったら俺の負けでいい」
ペルタは周りに聞かせるようにはっきりと大きな声で宣言した。
「いいのか?」
「これでおあいこだ」
ペルエの事を言っているのだろう。
ペルタはにやっと笑う。
「それでは始めるか」
「いいぞ」
マオ、ペルタ、それぞれが位置に付く。
「兄貴、頑張れ!」
「ペルタ、ファイト」
「マオ、がんばれ~」
「がんばれ、がんばれ」
見ている子供達が声援を送る。
「静かに、声が聞こえなくなる」
ペルタが皆を静かにさせた。
静寂が空き地を包み込む。
その静寂の中、ペルタは熱く闘志を燃やしていた。
「俺は子供の頃から黒猫をやっているんだ、ルールをろくに知らない奴に負けるわけにはいかない」
闘志を燃やしながらペルタは冷静にマオまでの距離を計算する。
「俺の足なら10歩ってとこだな」
サクラーノのただ早いだけの唱え方ならば少し厳しいが、マオなら変則を入れてくるので届く距離だ。
「では始めるのじゃ」
静まりかえった空き地にマオの声だけが響いた。
「くろねこ」
早くも無く遅くも無いマオの声に合わせるようにペルタが前に進む。
ここはまだ序盤、ここで距離を稼いでおくのは常道、躊躇無くペルタは前に進む。
「が~」
ここで変則が入った。
一瞬迷うが、
「大丈夫、まだ中盤。ゴーだ」
ペルタは前に踏み出す。
「かげに」
ペルタは勝負に出て一気に距離を詰めた。
「き」
そこでマオは止めた。
ペルタも止まる。
後は「えた」の2文字、マオなら瞬時に言い終えるだろう。
しかし、ペルタもマオまで後1歩まで迫っていた。
「1歩だ、後1歩」
そこでペルタはある事に気がつく。
「待てよ、予の早口はサクラーノより早いじゃないか・・・・・・その気になれば俺を負かす事も出来たんじゃ」
さっき、この勝負でタッチ出来なければペルタの負けと自分で宣言したのだ。
「それにわざわざきで止める必要もないよな」
ペルタは考えた、ペルタもマオも急に動かなくなったので見ている子供達も固唾を飲んで見守る。
「そうか、残りの『えた』で勝負しようって事か」
残るは「えた」の二言、マオの早口ならば一瞬で終わる。
「でもな言い終わって振り返るまでが勝負なんだぜ」
ペルタが残すのも後一歩、言い終わってから振り返るまでなら十分に勝ち目はある。
ペルタは気合いを入れ、マオが言い始める瞬間を聞き逃すまいと集中する。
心臓の鼓動が感じられる、その鼓動が次第にゆっくりになってくのも。
まるで時の流れがどんどん遅くなっているような。
呼吸もどんどんゆっくりに感じられるようになり、意識だけが研ぎ澄まされていった。
「エタ」
マオが唐突に最後の二言を叫ぶ。
それはペルタの予想通り一瞬で言い終わったが、ペルタも今までで最高のダッシュで動いた。
「身体が重い、思うように動かない・・・」
意識に対して身体の方が付いていかない。
まるで泥沼の中を歩いているような焦燥感、そしてマオの首が動き出す。
まるでコマ送りで映像を見ているように首がこちらを向き、その後から身体が回り出す。
「なんだ、なんでこいつはこんなにゆっくり動いているんだ・・・それにしても身体が重い」
ペルタの手がマオにタッチすべく伸ばされる、それがひどくひどく遅く感じる。
「あと少し、あと少しでタッチできる」
思うように動かない自分の手の動きをペルタは見つめるしかなかった。
そして先に動いたのはマオの口だった。
「ペルタ動いた」
ペルタの手があと少しでマオにタッチできそうになった時、マオが叫ぶ。
「ああ、俺負けたんだ」
そう思った瞬間、ゆっくりと動いていた時間が元に戻った。
「やった!鬼勝ちだ!」
ミケラとサクラーノが手を取り合って喜ぶ。
「兄貴」
「お兄ちゃん」
ペルオとペルエがペルタに駆け寄った。
「お前強いな」
マオが拳を突き出してくる。
「お前もな」
ペルタも拳を突き出し、拳どおしでタッチした。
「ミケラ様~~~~!」
「ミケラ様~~~~!」
タマーリンとモモエルが駆け寄ってきてミケラに抱きつく。
「きゃっ」
ミケラが悲鳴を上げる。
「お前ら暑苦しい」
それに怒ったサクラーノが体当たりをして二人を吹き飛ばした。
飛ばされた二人は遙か彼方まで飛び、
キラ~~~ン
お星様になった。
さらばタマーリン、さらばモモエル。
君たちの事は決して忘れない。
ペルタは最初、名も無き少年1でした。
名前がないとちょっと不便になったのでペルタという名前をつけただけなのに、
なんですかこの展開は。
これがネームドキャラの威力?
こんな展開になるとは作者すら知りませんでしたよ(笑)
名付けなんて迂闊にしてはいけないということですね、魂削られるし。本当に(笑)
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