1話「泉の妖精 その1」
見渡す限りどこまでも広がる草原。
その草原に色とりどりの花々が花を咲かせ、花の周りを白い羽、黄色い羽の大小様々な蝶が飛び回っていた。
その草原の中を一本の道が通っており、その道の上を四つの影が歩いていた。
一人は目鼻立ちが整った長身の男で、白い絹の着物と紺色の袴を履き、背中に長い刀を背負っている。
頭と袴の後ろから虎柄の耳と尻尾が出ていた。
その男が手を引く小さな子は、ふわふわの金髪と白いスカートに三毛柄の耳と尻尾が覗いている。
身につけているは見た目は普通の子供服だが、素材や作りはかなり良く見る人が見ればかなり身分の高い者の子供だと判っただろう。
その二人の後ろを鼻歌交じりに二つの影が従って歩く。
一人は精悍な顔立ちであるが苦労の跡が顔に滲み出ている男。
服装は動きやすさ優先の上着に、丈の短いズボン、むき出しの腕や足は茶虎柄だ。
その横をニコニコ笑いなが歩くのは見たところ14才くらいの瞳の大きい少女。
服装は隣を歩く男と同じように動きやすさ優先のシャツと丈の短いズボン。
腕や足から見える柄も茶虎柄で、顔もなんとなく似ているので親子と間違われる事もあるが、実は双子の兄妹だった。
「虎次郎、泉はまだ?」
手を引かれた小さい影が大きい影に尋ねる。
「うむ、まだ先だ」
大きい影の方は口数少なく応えた。
「そうなんだ」
小さい方はそれに馴れているのか、あっさりと納得する。
「姫様、姫様。泉に本当に妖精がいるんですかい?」
後ろを歩いていた一人が声を掛けてきた。
「お姉・・・ロレッタがそう言っていたよ」
ロレッタとは城でミケラ付きのメイドの一人だ。
「え~~っ、また噂の出所はロレッタなの。こんな話しどこから仕入れてくるんだろね?今度、聞いてみよう」
ロレッタとは仲の良いチャトーミが、心の棚にメモをする。
「てか、姫様の散歩のネタの殆ど、出所はロレッタだろ」
「えっ、そうなの兄ちゃん?」
チャトーミが驚いて兄のチャトーラを見る。
「そうだよ、チャトーミ。お姉・・・ロレッタはいつも私に色々な話を聞かせてくれるんだよ」
話を聞いていたミケラが振り向いて嬉しそうにロレッタの事を話す。
「姫様、無理にロレッタって言わなくていいから、ここにいるみんなは姫様の姉ちゃんだって知ってるからよ」
「うん」
チャトーラに言われ、ミケラは嬉しそうに笑う。
姉の事を名前で呼び捨てにしなければならないのが本当は嫌だったのだ。
「ロレッタはいい子なんだけど、噂話が好きなのは玉に瑕なんだよね」
「そうだよな、あんまり変な話を姫様に吹き込まれるのも、姫様の教育に良くねえよな。そう思うだろ、虎次郎の旦那」
話を振られて、虎次郎の耳が僅かに動くが、我関せずとばかりにミケラの手を引いて歩き続ける。
「無理無理、旦那は剣術の腕は凄いけど、話す方はからっきしだから。ロレッタに丸め込まれるちゃうよ」
「確かにな」
チャトーラが大笑いをする。
虎次郎は不快そうに尻尾をブンブン振ったが、何も言わずに黙々と歩き続けた。
ミケラはケットシー王国の末姫で、6歳の三毛柄の女の子。
好奇心旺盛で、しょっちゅう城を抜け出しては街中を見て回るのが好きだった。
ある日、街中で暴漢に絡まれているチャトーラ兄妹に出くわし、ミケラが二人を助けたのだ。
それ以来、ミケラが城から抜け出すと付いて歩くようになった。
虎次郎も、街外れの草むらで倒れているところをミケラが見つけたのだ。
双子に城まで運ばせて助けて以来、ミケラの護衛としていつも一緒に歩くようになった。
ミケラの護衛をしていない時は、王様に剣術の腕を買われ城で兵士に剣術の指導をしている。
背も高く虎柄の二枚目なので城下、城中の女子から熱い視線を浴びているのだが、本人は姫様一筋。
虎次郎自身は「姫様は命の恩人、ならばこの命をかけてお守りする」つもりでいるが、言動がいまいちずれていて誤解される事が多い。
影ではロリコン侍とも言われているのであった。(主にチャトーラが言っているのだが)
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2023/09/21 修正
修正をミスったので再修正
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