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ESCAPE  作者: sadaka
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 夜の校舎に連れて行かれた翌朝、あんまり寝られなかったこともあって目覚めは最悪だった。目は開けてみたものの気分が優れなくて、結局ずっとベッドから起き上がれずにいる。

「……武」

 疾らしくない控えめな声が聞こえてきたのは昼に近付いた頃だった。応えるのも億劫で、黙ったまま次の言葉を待つ。私室の鍵が掛かってるからそのまま行ってしまうかとも思ったんだけど、ドアの向こう側にいる疾は言葉を続けた。

「僕は出掛けてくるから、戸締りをして休んでいてくれ」

 いつもと変わらない科白。僕から応えが返って来ないことにためらうような間があってから、疾はさらに言葉を重ねた。

「それと欠時オーバーの課題フロッピーが届いたから、リビングに武の分を置いておく。早めにやった方がいい。じゃあ」

 ドアの向こうから人が立ち去るような気配がして、その後、玄関の開閉する音が聞こえてきた。リビングに人がいる気配がなくなったから、疾は外出したのだろう。僕はリビングに出て、テーブルの上に置いてあったフロッピーを回収してから私室に戻った。ちゃんと私室の鍵を掛けてから机に向かったんだけど、今は課題なんてやっていられる気分じゃない。課題のフロッピーを机に置いたらすぐベッドに戻ろうと思ってたんだけど、ナビに表示灯が点っているのを目にしてしまった。新着メッセージあり……嫌な予感がする。


『今宵、深夜零時、校舎五階ノ集会室ニテ待ツ。時間厳守スルヨウニ』


 これが新着メッセージの内容だった。夜の校舎に一人で行くなんて冗談じゃない。日付は今日になってるけど、誰がこんな呼び出しに応じるもんか。そう思ったからメッセージを無視してナビの電源を切ろうとしたんだけど、まるで狙ったようなタイミングで再び新着メッセージが届いた。


『呼ビ出シニ応ジナイコトハ考エナイ方ガイイ。誰カニ相談シヨウトイウコトモ、ダ。ソノ場合、保証ハ出来ナイ』


 ゾッとして、僕は思わず辺りを見回してしまった。この前呼び出された時もそうだったけど、誰かに監視でもされてるかのような間の悪さだ。それに、この文面。何の保証か書かれてないところが恐ろしい。たぶん全ての、だ。最初から僕には選択肢なんてないということなのだろう。

 ナビの電源を切って机の端に退けてから、思うところがあって引き出しを開けてみた。一番上の鍵が掛かる引き出し(いつも掛けてないけど)には閲覧室で借りた分厚い本が一冊と、ラベルも何もないフロッピーが入っている。鳥彦は、持って行かなかったんだ。こんな物、僕はもう二度と使わないだろうに。

 課題のフロッピーを引き出しにしまってからベッドに戻ると、シーツの上に転がっている小瓶が目についた。そうか、握りしめたまま寝ちゃったんだ。枕元に落ちていた小瓶も引き出しにしまって、夜に出掛けることになってしまったので軽くシャワーを浴びる。それから改めてベッドに戻ったんだけど、失敗だったのは目覚ましをセットしておかなかったことだ。目を覚ました時には、すでに指定された時刻を過ぎていた。

 慌てて制服に着替えて、飛び出すように私室から出たところでハッとした。もし疾が寝ていたら、今の音で確実に起こしてしまっただろう。とりあえず、リビングは真っ暗。疾の私室もおそるおそる覗いて見たけど、そこには誰もいなかった。また校舎にでも行ってるのかな。もしそうだとしたら向こうで鉢合わせになっちゃう可能性もあるけど、とにかく今は急いで出掛けよう。

 901号室を出て、僕はエレベーターではなく非常階段を駆け下りて地上を目指した。階段なんて使うのは連行されてる人か、よっぽどの物好きくらいしかいないから、この方が他の生徒と遭遇する確率が低い。それに今は、エレベーターを待ってる時間さえも惜しかった。時間厳守のメッセージがいやに頭をちらつく。非常階段を下りた後は周りにも気を配らず、とにかく校舎に向かって駆けた。やっとの思いで校舎には辿り着いたんだけど、そこでは新たな問題が僕を待ち受けていた。昇降口だけじゃなく、夜の校舎はどこの出入り口でも鍵が掛かっている。開けるにはナンバーが必要なんだけど、僕は一つとして知らないのだ。

 脅迫めいたメッセージのせいで帰るに帰れなくて昇降口の辺りでウロウロしていると、運良く内側から扉が開かれた。中から出て来た数名の生徒と入れ違いに、僕は校舎に進入する。すれ違う時にすごく見られてたけど、絡まれなかったのが幸いだ。だけどホッとしたのも束の間、背後から誰かに肩を掴まれた。

「あれ〜? 誰かと思えば噂の編入生じゃん」

 軽薄な調子で話しかけてきた人の声に、聞き覚えはない。背筋が冷たくなったような気がして、嫌な汗が流れた。

「こんな時間に校舎に行こうとするってことは、やっぱ相当やってんだ」

「俺たちにも伝授してくれよ」

 最初に聞いた声とは違う人の声。振り返れないでいるから正確な人数は分からないけど相手は複数だ、こんな所で立ち止まっていたら取り囲まれて身動きが取れなくなる。肩に軽く置かれてる誰かの手を振り払って、僕は走り出した。

「あ、逃げた」

「じゃあ今夜は追いかけっこするか?」

 後ろから遊び半分の声が聞こえてきたので、追って来るつもりなんだろう。でも校舎にさえ入ってしまえば、僕にだってどうにかする手段はある。これでも毎日、新聞部の追跡をかわすために校内を走り回っているのだ。

 絡んできた連中を難なく撒いてから、僕は目的地である五階の集会室へ向かった。扉が開きっぱなしになっていたので中を覗き込んだんだけど、室内に誰かの姿があったので反射的に身をひるがえす。いつものクセで隠れてしまってから、少しだけ顔を出して中の様子を窺った。電気も点いていない暗がりに、やっぱり人がいる。シルエットからして、どうも生徒じゃないみたいだ。こんな時間にこんな場所にいるってことは、あの人が待ち合わせの相手なんだろうか。

「そんな所に突っ立ってないで入ってらっしゃいよ」

 中にいる人からそんな風に声をかけられてしまったので、僕は集会室に入ることにした。窓辺に佇んでる女の人から一定の距離を保って立ち止まって、改めて相手の顔を見る。電気はついてないけど外灯の明かりが差し込んでるから、このくらいの距離だったら相手がどんな顔立ちをしてるのか分かる。僕に微笑んでいる女の人(たぶん教師)は、かなりの美人だ。

「大遅刻ね。ずいぶん待ったわよ」

「す、すみません……」

「あと十分待って来なかったら応じなかったって言おうと思ってたところよ」

 教師は校舎の中だというのにハイヒールを履いていて、それがカツカツと甲高い音を立てる。彼女が近付いて来るので、僕は思わず後ずさった。まるで僕を捕まえようとするみたいに、教師は腕を伸ばしてくる。

「逃げることないじゃない。せっかく来たんだから楽しい夜を過ごしましょう」

「そ、それより用件を言って下さい。何で僕をこんな所に呼び出したんですか?」

「残念ながら呼び出したのは私じゃないわ。私はここに行くように言われただけ」

「そ、それはどうしてですか? 誰が僕に用があるんですか?」

「うーん、そうねぇ。教えてあげてもいいけど」

 どんどん迫ってくる教師に、僕は壁際まで追い詰められてしまった。教師は楽しそうな表情をして、僕の首に腕を絡ませてくる。さらに顔を近づけられたので僕は顔を背けた。

「キスしなさい。そしたら教えてあげるわ」

「で、出来ません! やめてください!!」

「とりあえず自己紹介しておきましょうか。私は冴咲(さえざき)、この学園の教師よ」

 こんな状況で自己紹介なんて、どうかしてる。この学園自体が普通じゃないことも忘れて、僕はそんなことを思った。でも、冴咲……? どこかで聞いたような名前だ。

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