自然こぼれ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
みんな、「クレーター」って何か知っているかい?
そう、主に天体が衝突してできた地形のことだね。漫画とかでも、空高くから何かが降ってきて地面に激突すると、大きなすり鉢状の穴が作られる演出があるだろう? あれだね。
聞いた話だと、世界にクレーターと認められるものは2000個程度らしい。そのうち、日本で現在も確認できるのは、数えるほどしかないみたいだね。
国土が狭いのもあるけど、地震とそれに伴う津波によって、穴が埋まってしまったという説もある。だったらなおのこと、クレーターに限らない穴を見つけることがあれば、そいつは特別な意味を持つ場所かもしれない。
先生も、昔にその穴をめぐって、少し不思議な体験をしたことがあるんだ。聞いてみないかい?
先生の地元は、山にほど近いところにある。
一時間から半日で、登って下りることができるくらい、小さな山がいくつもあってね。学校帰りに、友達を誘って遊びに行くのに、もってこいの場所だった。
そのうちのひとつに、先生はたまたま一人で入り込んでいた。確か、セミの抜け殻探しだったと思う。誰かと一緒にいては、自分の取り分が減る。
ふもとから中腹にかけては、さしたる数は入手できなかった。すでに入った人たちに、持っていかれてしまったのかもしれない。ならば、もっと奥へ踏み込まないと。
先生はずんずん登っていった。今年は久々の冷夏と予報されていて、7月だというのに、長袖でないと体が震えそうな、涼しげな空気。意識して身体を動かさないと、ぶるぶると身体が震えて仕方ない。
もうしばらくいけば、木々たちが開けて、頂のぽっかり広がる野原へたどり着くだろう。その近辺の木々から、セミたちのかつて過ごした場所を、いただいていく腹積もりだったんだ。
ところが、いつもならたどり着いているはずの頂に、今日はなかなかたどり着けない。
木々がぷっつり途切れたのはいいが、そこから更に登り坂が続いているんだ。方向を間違えたかなと、回り込むこと三度。そのいずれでも坂が消えることはなく、360度をぐるりと傾斜が囲う形になっていた。
不審に感じながらも、自分の思い違いかもしれないと思い、先生はやがてその坂を登り始めた。すると、いくらもいかないうちに坂は切れて平坦になるが、そこに広がるのは芝生だらけの野原とは一線を画す光景だった。
背の高い、ひまわりらしきものの茎が、何本も何本もそびえ立っていたんだ。「らしき」というのは、茎の先端はどれひとつとして花をつけず、代わりにつぼみのままで、大きく育っている。
私の頭より二回りも大きいそれを、お辞儀するような姿勢で垂らしながら、うっそうと茂る森のようにして、その木々は立ちはだかっていた。
初めての光景に、ごくりと息を呑む私だけど、すぐ「この見慣れない茎たちになら、抜け殻がたくさんあるかもしれない」と考え直す。そうっと彼らの間に分け入ってみると、いくらも進まないうちに、茎へすがりつく彼らの殻を見つけることができた。
その様子というのが、また異様だったんだ。
たいてい、同じ木の幹でセミが羽化するとしても、双方が木の表と裏だったり、だいぶ距離が開いていたりして、まばらになるものだろう? それがここの木、というより茎の場合は違った。
互いが互いに、金魚のフンになっていると言おうか。数珠つながりになって、相手の尻に頭をつけ、またその尻を相手にくっつけさせて……それがずらりと、一本の茎の上をなぞっている。ぎゅうぎゅうに、おしくらまんじゅうをしているかのよう。
先生がそこから、がっつりと抜け殻を確保した。先生の手が加わると、連なっていた殻たちはたちまちバラバラになって、首から提げていた飼育かごの中へ落ち込んでいく。それに気をよくした先生は、かごがいっぱいになるまで、その奇妙な茎たちの中へ踏み込み、抜け殻たちを集めていった。
一歩一歩進むたびに、足元からぎゅっぎゅっと音がなり、草の臭いがそこはかとなく漂ってくる。見ると、先生の足下には太い根のようなものがよじり合い、土の代わりとなって体重を支えているようだった。
そして、この木々の間を抜けているとき、先生は想像していた以上のぬくもりが、ここに満ちているのを感じていたんだ。先ほど、森の木立の間を抜けるときとは違う、温かい風が肌をなでていった。
あれよあれよという間に、抜け殻はかごからあふれるほどになってしまい、その日はここを後にしたよ。
抜け殻を披露して、すっかりいい気分になる先生だったけど、どこでこれだけ見つけて来たかという質問には、口をつぐんだ。
もし、みんながあそこへたどり着いてしまったら、集めた抜け殻の価値が一気に落ちてしまうだろう。それに、あの背の高い茎たちの並ぶ、不思議な光景。みだりに教えたりして、踏み荒らされたりするのは、どうにも気は進まなかったからだ。
実際、どれだけの人があそこに気づいていたかは分からない。先生も、残りの夏休みの間は件の場所へ近づかなかった。どんなきっかけで、あの地点が嗅ぎつけられるか、分かったものじゃなかったからだ。
そしてその年は8月が終わろうとするときも、平均気温を2度以上も下がる、冷害を迎えた。実際、畑へ黄金色に色づき出すはずの稲たちは、青田のまま色あせてしまったかのような薄い緑の肌を、あちらこちらでさらしてしまっている。
――これ、いつぞやのように、ひどい凶作になるんじゃないか。
大人のみならず、子供たちすら不安に思うほどの目立ちようだったが、ある日を境に、にわかに状況が変わったんだ。
先生が友達と一緒に、下校している途中だった。
田んぼの近くを通りかかるや、「ドスン!」という音とともに地面を揺らして、田んぼの土へ刺さったものがあったんだ。
ほんの数歩先で頭を出すそれに、友達は首をかしげていたが、先生はすぐに分かったよ。その塊が、あの山中で見た咲かないひまわり。その膨らんだつぼみのものだとね。
友達と顔を見合わせ、おそるおそる田んぼに下りてみたけど、それに合わせてつぼみは、ずぶずぶと土の中へ潜ってしまい、周りの土がひとりでにその穴を埋めていってしまう。それから少し掘ってみたけれど、あのつぼみの頭さえ、ちらりと見ることができなかったんだ。
翌日。先生が住まう学区周辺の田んぼは、にわかに例年に劣らぬ、黄金の輝きを取り戻していた。
この奇怪な現象に、多くの人は首をかしげる中、先生は例の山頂へ向かった。
昨日までの涼しい風がウソのように収まり、温い風がほんのりと立ち込める中、木立を抜けた先に、あの高い茎たちの姿はなくなっていた。
土の盛り上がりこそ残っていたものの、そこを乗り越えた先には、学校のグラウンドさえ飲み込めてしまいそうな大きく、寂しげなすり鉢状の陥没が、残るばかりだったのさ。