第13-5話 取り戻した日常、そして
「みんな、おはよう! 今日の朝ごはんはスクランブルエッグとシーザーサラダだよ!
エル、リーゼ! 君たちの大好きなティラミスもばっちり!」
「……グラス」
僕は、早朝から作り溜めていた大量の朝ごはんをリビングのテーブルの上に並べる。
ウチには、大量のご飯を食べる同居人が4人もいるから、大変だ。
ガラッ
換気のために開けた窓から見える空は青く澄み渡っている。
郊外の山では初雪の知らせも届くころ……新年際の準備でにぎやかな「わくわく商店街」……。
すっかり王都は落ち着きと平和を取り戻していた。
一か月前の大魔王との決戦……MPギブを使い続け、体力と魔力を使いつくして倒れてしまった僕を助けてくれたのは彼女だった。
その命を賭けて大魔王へ最後の一押しをしてくれたのは彼女だった。
僕たちを……王都を……世界を救ってくれたのは、朱色の髪をした優しくてかわいい僕の彼女、ポゥだった。
彼女が愛した仲間たちの生活を……この平和を守らなきゃ……僕は決意と共に、彼女がプレゼントしてくれたマフラーを巻き、今日も店先に立つ。
*** ***
「はぁ……グラスくん、明るく振舞ってるけど、やっぱ無理してるわね~……」
元気に”グラスとポゥの快復ストア”を切り盛りするグラスを見て、ため息をつくヴァン。
彼が無理しているのが、笑顔の端々から察せられる。
「くそぉ……なんとかしてやりてーよぉ……これじゃ、気持ちよくエーテル生成も出来ないよ」
王都の復興のため、怪我をした人々のため……エルたちの生活のため……グラスは毎夜のアイテム生成と、お店の営業を欠かさないのだが、彼女を喪ったグラスと”いちゃいちゃ”してアイテムを生成するなど、彼の心情を察するとやり切れないのだ。
「……ポゥは本当に死んでしまったんですの? ヒトガタに実体化したとはいえ、わたくしたちはもともと精霊……そう簡単に消滅する存在ではないはず……」
「それはそうなんだけど……アイツの気配を感じられないだよなぁ……」
いつもハイテンションなリーゼも、さすがにこの痛々しい状況は辛そうだ。
エーテルとポーションの精霊は存在として近く、ライバル同士な事もあってポゥを意識していたエルは、彼女が知覚できる範囲にポゥの存在を感じることが出来ず、最悪の可能性を考えてしまう。
「あとはアタシたちの”創造主”である女神バレスタインに掛け合ってみるか?」
「つっても、アタシもバレスタインに会ったことは無いんだよな……アイツ、精霊採用試験の時も顔出さなかったし……」
「……そうだ! エナなら頼めるんじゃね……おい、エナ……?」
創造主なら何とかしてくれるかも……そう思いついたエルは、究極のアイテム精霊で女神の代行者(自称)であるエナを見やる。
「……ほえ~……」
だが、エルが声をかけても反応が無く、エナはぼ~っと虚空を見つめている。
「……おいこのクソニート!」
げしっ!
大魔王も消え去り、取り戻した平和……”お悩み相談室”に来る客も減り、暇を持て余して気が抜けている様子のエナのケツを蹴り上げる。
「!? な、なにをするのですエル!!」
「”姉妹”のような存在だった元マジックオーブの精霊……レイラの事で気が抜けるのはしゃーないけど、シャキッとしろエナジーオーブ!」
「……アタシたちを助けてくれた、グラスの本当の笑顔を取り戻してやろうよ……」
エルのゲキに、はっとした表情を浮かべるエナ。
「……失礼しました。 この私とあろうものが、気が抜けていたようです」
「そうですね、確かにグラスは世界と……私たちアイテム精霊の事も救ってくれました。
その恩に、報いる必要があるでしょう……女神バレスタインは厄介ごとが片付いて気を抜いてそうですが……私たち全員でカチコミに行きましょう!!」
「そして力づくで言う事を聞かせて……くくく」
「……カチコミて……それになんか私怨が混ざってね?」
いつもの調子を取り戻したエナに、思わずツッコミを入れるエル。
どちらにしろ、”奇跡”を意図して起こせるのは”神”しかいない。
仲間たちを見回すと、彼女たちも同じ気持ちのようだ。
相手は気まぐれな女神……交渉は困難が予想されるが……なにより、彼女たちを幸せにしてくれたグラスのため……エルたちは、固い決意をみなぎらせ、女神のもとへ旅立つのだった。
*** ***
がらんとした店内。
エルたちが女神バレスタインに頼みごとがある、とこの店を去ってからもう一か月。
アイテムの在庫も全てなくなり、他のお店も休業状態だ。
十分な蓄えがあるので、生活に心配はないけれど。
エルたちは、「グラスの笑顔を取り戻して見せる!」と言ってくれていたけど……相手は女神バレスタインだし、女神は彼女たちの創造主にあたるらしい。
ひとりの人間の頼み事なんか聞いてくれるのだろうか?
それどころか、もう彼女たちが戻ってくることは無いのかもしれない……。
ううっ、ダメだなぁ……一人になると色々ネガティブな事を考えてしまう。
この広い家に一人暮らし……状況的には1年前に戻っただけなのに、やけに寂しさを感じてしまう。
それは、アイテム精霊たちと……何よりポゥと過ごした日々が幸せだったからで。
ふぅ、僕はため息を一つつくと、いつもの通り家中の掃除を開始する。
エルたちがいつ帰ってきてもいいように、2階の部屋はそのまま、お気に入りの家具もそのままである。
ごとり……
ん? 僕がバケツとモップを持って2階に上がろうとしたところ、なにか物音がした……ポゥの部屋からだ。
……まさか!
なにかの予感があった。 バケツとモップを放り投げた僕は、一息で階段を登りきると、自分の部屋の隣……ポゥの部屋の扉を開ける。
部屋の中、ポゥのベッドの上には、丸くて両手にすっぽりと収まるくらいの大きさの、七色に光る不思議な”ポーション”が。
「これ……まさか……?」
僕はふらふらとベッドに歩み寄ると、震える手でその”ポーション”を手に取る。
もしかして、戻って来てくれたのか……でも、そうじゃなかったら……?
希望と諦めの間で葛藤する僕の脳裏に、ポゥの笑顔がよぎる……そうだね、ポゥ……ここは勇気を出して!
ちゅっ……
そっと”ポーション”に口づける。
その途端、朱色の光が部屋中に満ちて……!
……ただいま! グラスっ!
夢にまで見た、いちばん聞きたかった声とともに現れたのは、朱色に近い短めの赤毛を持つ、ぱっちりと大きな赤い瞳の美少女……。
だきっ
「おかえり! ポゥ!」
可愛くてちょっとおっちょこちょいで可愛くて……満面の笑顔を浮かべた僕の最愛の彼女だった。
「ふええ……グラスだぁ……会いたかった、会いたかったよぉ!!」
「ポゥ……本当にポゥなんだね……戻って来てくれて、ありがとう!」
ちゅうっ
彼女が戻ってきたら、かっこよく迎えよう……そんな妄想をした夜もあったけど、実際に彼女の姿を見たら、そんな段取りは吹き飛んで……。
僕たちふたりは、涙を流しながら何度も口づけをかわす。
とさっ
そのままベッドに倒れ込み、情愛と情熱ではち切れそうな瞳でポゥを見つめる。
こくり、と彼女も涙を流しながら頷いてくれる。
その後はもう、言葉はいらなかった。
*** ***
「にししし……ようやくあのふたりもゴールインですか! 魔法で記録しておこうか!!」
お隣で顔見知りの服屋さんにお願いして、ポゥの部屋が見える2階に案内してもらったエルたち。
掃除するためか少し開けられた窓から丸見えのラブラブシーンを見ながら、エルはひたすらニヤニヤしていた。
「……こら! ハレンチですわよエル!」
「レディーとして、恋人たちの睦みを覗き見るとか、はしたないですわ!」
「とか言いながら、リーゼも聞き耳立ててんじゃん! やーい、むっつり!」
「ななななっ!? わたくしはむっつりではありませんわっ!」
一応年長者?として注意するものの、すぐにいつものように弄ばれるリーゼ。
「……まったく……いきなりこんな所に連れて来るから何かと思えば……貴方たち、不埒ですよ!」
「……って、ヴァンさん? 何をしてるんですか?」
進歩の無いお子様組にあきれるエナ。
ふと、先ほどからせっせと何かの紙に数字を記入しているヴァンが目に入る。
「……これね~? 今日はグラスくんとポゥちゃんの”初めて”の日でしょ?」
「”お赤飯”を炊かなきゃ~」
「…………」
年長者もですか……ふたりを冷やかす気満々のアイテム精霊たちに、思わす天を仰ぐエナ。
「……おっ!! 終わったみたいだぜぇ!!
これから、風呂に入るだろうから……上がってくると思わしきタイミングで襲撃だぁ!」
「……いやまさか、”二回戦”もっ!?」
「ににににっ、にかいせん!?」
「こらっ! 貴方たち!! いい加減にしなさいっ!」
悪ふざけするエルとリーゼに、エナの雷が落ちる。
こうして、余韻を楽しんでいたふたりのもとにエルたちが突撃し……グラスの楽しくも恥ずかしい、ドキドキな騒がしい日常が戻ってきたのだった。




