第13-4話 ラストバトル(後編)
「…………ラス!」
「グラスぅ!! 大丈夫!?」
……はっ!?
ポゥの僕を呼ぶ悲痛な声に、一気に意識が覚醒する。
レイラが放った魔力ドーム?の衝撃で、意識を失っていたようだ。
「……いったい何が……みんなは……」
「な……!?」
肩を支えてくれるポゥの助けを借りて身を起こした僕が見たのは、絶望の光景だった。
「…………コォォォォォォ……」
僕たちを吹き飛ばした魔族レイラの背中からは、巨大な紫の両腕が生え、その周りを禍々しい黒と紫の魔力の奔流が覆っている。
何をしているのだろうか、現在は両膝をつき、天を仰ぐような姿勢を取っている。
周囲の石壁や床には、なにかをぶちまけたような黒い紋様が描かれ、僅かに明滅している。
周囲に目をやると、勇者アロイスさんやヒューバートさん、そのほかの冒険者たちも倒れ伏しており、全員意識を失っているようだ。
レイラから彼らが倒れている場所に向かって、黒い紋様が伸びており、わずかに回復エネルギーの流れを感じる……まさか、HPやMPを吸い取られているのだろうか。
後ろを見るとシャロンさんたち魔法使い、エル、ヴァンさん、リーゼの3人のアイテム精霊も倒れており、同じく意識を失っている。
「……くっ、まずい……これは、魔王の……!」
エナだけは、防御フィールドの展開が間に合ったのか、片膝をつき、身体を起こそうとしているが……とても辛そうだ。
「無事なのは、僕たちだけ……?」
「ポゥ……助けてくれたんだね、ありがとう……」
魔族レイラに一番近い位置にいて、僕が無事に済んだのは彼女がポーションの回復エネルギーを全開にしてくれたからに違いない……彼女の頭を優しくなでる僕。
「ううん……グラスがXXヒールを使おうとしてくれたでしょ? それがわたしの回復エネルギーと反応して、強力な防御フィールドになったんだと思う」
「たぶん、ふたりの愛の力だよ!」
こんなピンチな時だからこそ、僕を元気づけようと、にっこりと笑って励ましてくれるポゥ。
ふふ、暖かい気持ちが胸に満ちるのを感じる……幸いレイラは動きを止めている。
動ける僕たちがグランポーションをみんなに使って、なんとか撤退を……そう思って立ち上がった時……。
どくんっ!
ぶわっ!
「ひっ!?」
天を仰ぐような姿勢を取っていたレイラの身体が大きく震え、なにかのチカラが放出される……その圧力に、全身の毛が逆立つのを感じる。
「いけない! これは!?」
焦ったエナの声が聞こえた瞬間、魔族レイラの姿が大きくぶれた。
ウオオオオオオオオンッ!
「くっ……なんだ!?」
ゆらり、と立ち上がったレイラは、背中から生えた2本の腕を天に向けて突き上げると、人ならざる咆哮を上げる。
「……ォォォォォォォォ……」
ズン!
奴は低くうなり声を上げると、そのまま両腕を地面に突き刺す。
背中から生えた二本の強大な腕は、彼女の姿を包み込むようにガードの姿勢を取った。
「コイツ、何をするつもりなんだ……」
呆然と見つめる僕たちの目の前で、レイラはまた大きな咆哮を上げると……。
ドドドドドドド……
パアアアアアッッ
「きゃっ!? また地震!?」
先ほどとは比較にならない揺れが地下空間を襲う。
さっきと異なるのは、天井から沢山の光が奴の元に集まっている事だ。
「これは……魔力と生命力!」
「レイラは……いえ、”大魔王”は、王都の人々の魔力と生命力を使い、本格的に復活を果たすつもりです!」
「……だから言ったのに……魔王は混沌の化身、どれだけ憧憬の感情を抱いても私たちが扱えるモノではないのです……」
一瞬、憐憫の表情をレイラに向けたエナ。
「ですが、これほどの力を欲するとは……これでは、世界中の生命力が吸い尽くされてしまいます」
エナの言う事が正しければ、王国だけではなく世界のピンチ……さらに事態が大きくなってきたぞ。
「くそっ、どうすれば……XXヒールも効かないし……」
ここから逃げたところで、このままでは王都の人々ごとすべての魔力と生命力を吸い尽くされて終わり……。
だが、僕の頭の中には同時に、”もう一つの対抗策”が浮かんできていた。
”MPギブ”……自身のMPを他人に分け与える初級魔法だが、普通の魔法使い数百人分になる僕のMPと、道具袋にある大量のグランエーテル、エリクサーを使えば……。
奴の、大魔王の魔力容量をオーバーフローさせることができるんじゃないだろうか?
理屈も根拠も何もない案だけど……今この状況で使える僕の唯一の武器……僕は覚悟を決めると、ポゥに声をかける。
「ポゥ、僕が倒れそうになったら、道具袋の中のアイテムを僕に使ってくれないかな?」
「……えっ、グラス、何を?」
不思議そうな顔をする彼女に、手短に説明する。
僕は大魔王にMPギブを使い続けなくてはいけない……横でサポートしてくれる彼女の存在が重要だ。
「そんな! いくらアイテムで回復させても、アイツの魔力容量の方が大きければグラスは……」
荒唐無稽な案で、大きな危険が伴う事を察したのだろう、泣きそうな表情でポゥは僕を止めようとするが。
「大丈夫。 僕はこんなところで死ぬつもりはないよ」
「みんなと楽しい日常を続けていきたいし、何よりもポゥ、キミと幸せな未来を歩んでいきたい……そのためにはここで無茶しなくちゃ、全部失ってしまう!」
「……グラス……わかった! でも、無茶はダメだからね!」
もちろん、僕は彼女を置いて死ぬつもりはない!
彼女の頭を優しくなでながら、そう僕は決意を語る。
ポゥも、僕の表情を見て覚悟を決めてくれたようだ。
「くっ……私も手伝います」
エナも這い寄ってきて、エナジーオーブの力を僕に授けてくれる……気力十分!
勝負だ! 大魔王!!
「”MPギブ”!!」
……グオオオオオオッ!?
ブアアアアアアアアッ
僕が大魔王に向かってMPギブを使ったとたん、奴から黒い紋様が僕に伸びる……。
美味しい餌があるぞ、と僕に食いついてきたようだ。
いいぞ、思わず笑みを浮かべる僕。
世界を滅ぼさんとする大魔王と、ちっぽけな初級術師の最後の戦いが始まった!
*** ***
「ううっ、グラス! これでグランエーテルはカンバンだよっ!」
「大丈夫、まだエリクサーが残ってる!」
大魔王に向けてMPギブを使い、ありったけのMPを注ぎ込み始めて30分……もう百万あまりのMPを使っただろうか?
派手な剣技も攻撃魔法も飛ばない”戦い”は、消耗戦の様相を呈していた。
ズモモモモモッ……
「奴の”両腕”が肥大化している……確かに、グラスが渡したMPにより”満腹”になっているようですが……オーバーフローさせることが可能かというと……あとどれくらい必要となるか……」
グフフフフフッ……
ちっぽけな人間よ……お前の魔力など、吸い尽くしてやる……!
奴はそんなことを考えているのだろうか? 取り込まれたレイラの表情が笑みを形作る。
だが、まだまだ!
エリクサーは50個近くあるし、体力がなくなってきたときはポゥのグランポーションが癒してくれる!
気合を入れ、MPギブを使い続ける僕。
つつぅ……
気付かないうちに、耳の穴から血が流れる……。
「!! グラス……!」
僕の異常を見て、ポゥが悲壮な覚悟を決めたことに、この時の僕は気付かなかった。
*** ***
「くっ、あと少し……あと少しのはずだ!!」
さらに30分後、僕と大魔王の戦いは最終局面を迎えていた。
グオオオオオオオンンッ!?
肥大した両腕は数十メートルの高さの天井へと届こうとしている。
大魔王は苦悶の表情をしており、限界が近い事を感じさせた。
こちらも、すべての力を使ってくれたエナは気絶しており、動けるのは僕とポゥだけだ。
「……ポゥ……エリクサーを使ってくれっ……」
ぐらり……べしゃっ!
「グラスっ!?」
あ……れ……?
何が起きたか分からなかった。
MPを補充しようとエリクサーに手を伸ばした瞬間、視界が揺れ、地面に倒れ込んでしまった。
どろり……体中の毛細血管から血が噴き出すのを感じる。
まさか、ここまで来て……僕の身体は限界を迎えてしまったんだろうか?
くそ、くそ……身体に力が入らない……!
「グラス! ダメっ! これ以上MPギブを使ったら、死んじゃうよっ!」
パアアアアッッ
柔らかな朱色の光が僕を包む。
これは、ポゥの回復エネルギー……垂れ流されていた血が止まり、身体が少し楽になる。
でも、蓄積したダメージのせいか、まだ体を起こすことが出来そうにない……どうすれば。
「大丈夫……グラスは大丈夫だよ」
そのとき、ふわり……と優しい声が僕の耳に届く。
見上げると、天使のように柔らかな笑みを浮かべたポゥが僕の目の前にいた。
「グラスがわたしを守ってくれてたから、わたしはまだ動けるよ……大丈夫、わたしがなんとかするから」
なにを……不穏な気配を感じた僕は、彼女止めようとするが、身体に力が入らない。
「少しだけ、力を借りるね」
ちゅっ……
柔らかなポゥの唇が、僕の唇に触れる。
パアアアアアッッ
ポゥの回復エネルギーと、僕の魔力が辺りに満ち……
「グラス、またね……っ!」
最後のエリクサーを右手に持ち……今まで見た最高の、でもどこか哀しい笑顔を浮かべた彼女は大魔王に向き直る。
「!! 待って、ポゥ!!」
パアアアアアアアアアアッ!!
グオオオオオオオンンッ!?
カッッッ!!!
ポゥの身体が朱色に輝き、光の中に消えていく。
魔力容量の限界を超えた大魔王がはじけ飛ぶ……耳をつんざく轟音と閃光が地下空間を包み……。
光が収まった時、そこには何も残っていなかった。
かつん……僕が彼女にプレゼントしたイヤリングが、乾いた音を立てて地面に落ち……僕は首に巻いたマフラーを握りしめ、絶叫した。




