第8-3話 初級術師、勇者と協力して真犯人を追い詰める
「……なるほど、あとで鑑定は必要だが、この”命令書”は本物の可能性が高いね」
「それにグラス君の”XXヒール”か……」
ここは勇者パーティの回復術師、ヒューバートさんのご自宅。
僕は先日の”ポゥ誘拐事件”の調査報告書を持って、相談がてらヒューバートさんに会いに来ていた。
ヒューバートさんの家は落ち着いたたたずまいで、美人な奥さんと、ふたりのお子さんに囲まれた理想的な家庭環境である。
……僕もこうなれたらいいな……ポゥとの新婚生活……へへへ……やはり僕の人生の師はヒューバートさん、いろいろ相談に来よう……。
幸せな将来設計のため、僕はヒューバートさんを頼りまくることを心に決めたのでした。
「王国軍大臣バルバス氏のサインが入った命令書の件は、私からもギルドに働きかけてみる……バルバス氏は大きな権力を握っているから、慎重に動く必要があるね」
おっと、ヒューバートさんの話が続いている……僕は慌てて妄想世界から意識を引き戻す。
「犯罪者として投獄されていたルードを手駒として連れ出し、”傀儡術”を使う”魔族”と思わしき者……か」
「人間に擬態しているかもしれないし、最近王国軍中央司令部に加入した人員の名簿……そちらは私から当たってみよう」
「ほんとですか! 助かります」
ヒューバートさんが調べてくれるなら、何か分かるかもしれない。
そちらはお任せするとして……。
「グラス君の能力覚醒か……少し調べさせてくれるかな……」
パアアァァ
ヒューバートさんは、僕に手をかざすと、目を閉じ、調査魔法を発動させる。
「ふむ…………これはっ!?」
スキャンが進み、何か分かったのかヒューバートさんが目を見開く。
「MPが……3万を超えているだと!?」
「はっ……? さ、さんまん?」
通常の魔法使い、回復術師の平均MPは50から100……世界最高峰の魔法使いのシャロンさんでも、2000くらいと言われている。
僕のMPは通常の回復術師の数百人分という事だ……マジですか。
「驚いたな……君が使ったという”XXヒール”、幻と言われているのは、消費MPが3000もあり、物理的にほとんど使える人間がいないからなんだが……」
「もしかしたら……王国史上……いや世界でも最高のMPかもしれない……」
う、う~ん……ポゥたちと触れあったから?
それとも最初から?
”世界最高”と言われると、なにか不安になってしまう……。
「とりあえず、現在使えるのは”Dヒール”、”MPギブ”、”XXヒール”だけのようだね」
「MP以外の能力に問題は無いから、心配しなくてもいい……MPとXXヒールの件はギルドには伏せておくし、グラス君は気にせず今まで通りの生活を送ってほしい」
「ポゥ君誘拐事件の件は、何か分かれば連絡する」
ああ、なんてありがたい言葉なんだ……感激した僕は、お礼を言いヒューバートさんのお家を辞するのだった。
「”魔族”か……シャロンが気になると言っていた中央司令部のエージェント女か?」
「大臣が絡んでいるとなれば、慎重に行かないとな……」
*** ***
「……王国軍中央司令部に突然加入し、バルバス大臣の私設秘書となった魔法使いの女……」
「元冒険者ルードの件も含めて……貴様には様々な疑惑が出ている……それに……」
「ふふん……”魔の力”がダダ洩れよ、レイラさん……? いよいよ隠す気はないようね?」
ここは王宮内の王国軍中央司令部練兵場。
勇者アロイス、魔法使いシャロンをはじめとした、勇者パーティの4人が女魔法使いレイラを追い詰める。
「……まもなく、王国軍大臣バルバスにも逮捕状が出るだろう……もう逃げられないぞ」
「無駄な抵抗はやめるように」
ぱああぁぁ……
回復術師のヒューバートが、この日のために古文書より復活させた、強力な対魔族捕縛術を発動させる。
魔法使いシャロンも、万一の動きに備え、攻撃魔法の発動を準備する。
「ふうぅん……人間界最高の勇者、アロイスのパーティかぁ……確かにすごいわねぇ……以前の私では、手も足も出なかったでしょうねぇ」
全身を漆黒のローブで覆った黒髪の女魔法使いレイラは、勇者パーティに囲まれてもなお、余裕の体勢を崩さない。
(…………なんだ? 奴から感じる魔力の大きさでは、私たち4人に敵うはずもない……だが何か嫌な予感がする)
ヒューバートの頬を一筋の汗がつたう。
こちらが圧倒的に優位な体制のはずなのに、なにか気圧される感触があるのだ。
「でも……あの”アイテム娘”達から吸収した力で……私はもう一段強くなれたのよぉ」
「本物の……”カオスヒールの夜”、見せてあげましょうかぁ!」
ばっ……!
レイラは、にやぁりと凄惨な笑みを浮かべると、漆黒のローブを脱ぎ捨てる……!
「!! その紋様は、魔の禁呪法……!?」
露出されたレイラの手足には、ヘビがのたうち回るような紋様が描かれ、黒く発光している。
彼女から湧き上がる黒い霧が、一気に膨らんで……!
「いけない! ”グラビティ・バースト”!」
「くっ……”マジック・シールド”!」
危険を感じたシャロンが極大攻撃魔法を、ヒューバートが防御魔法を発動させる。
バチバチバチッ……シュウウウウッゥ
「なっ……!? 攻撃魔法が、吸収されている!?」
フイイイイィイィン……ズバアッ!
「くっ……防御フィールドが……反転して……ぐあっ!」
レイラから吹き出した黒い霧に触れた攻撃魔法は、その威力を失い彼女に吸収され、緑色の防御魔法のフィールドは、紫色に変色、刃となり勇者パーティを襲った。
一瞬で大きなダメージを負うパーティメンバー。
「くふふ……すべての魔法効果を反転させる……でも、これだけじゃないわよぉ?」
ズズズズズ……
黒い霧が勇者パーティの4人に絡みつき、徐々にその力と生命力を奪っていく。
「くそっ……これほどとはっ……」
「くふ、ふふふふ……高名な勇者パーティを倒した私の実績は、魔族の中でも最高位に……」
高らかに笑う魔族レイラ。
勇者パーティに最大の危機が訪れようとしていた。
*** ***
「……ヒューバートさんたち、大丈夫かなぁ」
「グラスぅ……そんなに心配なの? ヒューバートさんには、”魔族封じ”の術もあるんでしょ? 大丈夫だよ!」
先ほどからしきりに王宮方面が気になる僕。
僕が渡した報告書をもとに、調査を進めたヒューバートさんたちは、”魔族”の疑惑がある女魔法使いの存在を突き止め、本日捕縛に向かった。
大丈夫、ここからは私たちに任せて……そう僕に連絡してから、勇者様パーティは王宮に向かったんだけど……。
先日のポゥ誘拐事件で退治したあの”魔族”の妙な迫力……それが僕の頭の隅にずっと引っかかっていた。
「……ごめん、ポゥ! 少し王宮の様子を見て来るねっ!」
「あっ、まって! グラスぅ!」
やはり心配だ……いてもたってもいられなくなった僕は、王宮に向けて店を飛び出した。
*** ***
「……さて、そろそろ終わりにしましょうかぁ……!」
ぶあっ!
黒い霧の力が一気に強くなる。
(くっ……まずい……なんとか隙を作ってアロイスとシャロンだけでも!)
ヒューバートが悲壮な覚悟を決めた時……!
”XXヒール”!
ぶわあああああああっ!
膨大な魔力の奔流が、ヒューバートたちを包む……魔法効果を反転させていた霧が吹き払われ、七色に光る魔力の渦は、魔族レイラに向かう!
「くっ……またこのっ……あのガキねぇ!!」
ズパアンッ!
強制的に正常な状態に戻された魔力場の余波がレイラを襲い、衝撃で切れた彼女の額から青い血が滴る。
「大丈夫ですか、みなさん! ……”MPギブ”!」
続けて発動したグラスの魔法が、全員のMPを一瞬で全快させる。
「グラス君か、助かった! Aヒール!」
すかさず放たれたヒューバートの回復魔法が、全員のHPを回復させる。
「ひゅぅ~、これがグラス君のXXヒール! すごいな~!」
「さーて、グラス君が”カオスヒールの夜”とやらを封じてくれたし、今度こそ覚悟する事ね!」
体勢を立て直したシャロンとヒューバートの対魔族捕縛術がレイラを捉える!
「……くふ、そうかもしれないわねぇ……でもぉ、私は終わらないわよぉ!」
捕縛術に全身を拘束されてもなお、笑みを崩さないレイラ……次の瞬間!
ズドオオオンンッ!
レイラを中心に大爆発が起き、彼女の姿は爆発炎の中に消えた……。
「な! 自爆した!?」
「……いや、確かに気配は消えたが……」
「一時的に物理世界から撤退しただけかも……くっ……記録にある”魔族”のレベルとはけた違いの個体のようね……」
突然練兵場で起きた大爆発に、驚いて集まってきた王宮の人たちに説明をしつつ、勇者たちとグラスは、レイラが今後どのような手に出て来るか、頭を悩ますのだった。




