第7-5話 初級術師、愛しのポゥを助ける為に奮闘する(中)
”回復術師グラス殿”
”貴様が自分の店でアイテムの精霊を囲い、回復アイテムを独占的に生成して販売している点について、調べはついている”
”当件を不正と断定し、アイテムの精霊を預からせてもらった”
”本日24時までに、「ほかのアイテムの精霊全員」を連れて下記の場所まで来ること”
”第三者を介入させた場合、彼女の生命は保証しない”
ポゥが誘拐された……その犯人と思わしき連中からの犯行声明が、大鏡に映し出されている。
「不正って……ポゥたちの事は、勇者アロイスさんを通して王国政府には伝えているし、承認も貰ってる……そんな事を言われる筋合いは……!」
一方的に不正と断定されたことに憤る僕。
アロイスさんの話では、影響の大きさを考慮し、王国政府内でも限られた人間にしか明かされていないらしいけど……。
「んにゃろう! 前半で不正だー! って言っときながら、後半はただの脅迫じゃん!」
「…………鏡を使った通信魔法……少なくとも、高レベルの魔法使いがいるのは間違いないわね」
エルとヴァンさんも怒っている。
それにしても……真犯人の予想がつかない……先ほどヴァンさんが調べてくれたように、王国政府内に”魔族”に通じてる人間がいるとは思えないんだけど……。
ああ、そうじゃないよ! まずはポゥを助けなきゃ!
「まって、グラス……ひとりで突っ走ったら相手の思う壺だよ!」
「そうね、グラスくん……相手は”魔族”、もしくはそれに準ずる者……やみくもに突っ込むのは危険だわ~」
思わず部屋を飛び出そうとする僕を、冷静に二人が止める。
体温の高いエルと、少しひんやりとしたヴァンさんの手が、僕の頭を冷ましてくれる。
「……すみません、熱くなってました」
「いいのよ~、ポゥちゃん、こんなに思われて幸せね~」
「にしし、”犯人”はポゥを利用して、アタシたちも手に入れたいみたいだから、すぐに危害を加えられることはないって!」
ふたりが励ましてくれる……そうだよね、僕もしっかりしないと!
「……よし、まず援軍を呼ぶ線だけど……アロイスさんたちはクエストで王都に不在、他の高レベル冒険者ではいまいち信用できないかな?」
「だよねぇ、相手のレベルが見えないし、勇者以外は危ないね……つーか絶対向こうは勇者不在のタイミングを狙ったな! むかつく!」
「向こうが高レベル魔法使いである場合、生半可な冒険者では探知されてしまうわ~。 それなら、少人数で行った方がいいかもしれない」
エルや、ヴァンさんの言うとおり、冒険者ギルドに助けを求めるのは厳しいか……もう夜、王宮に連絡するのも難しいし……。
「もし僕たちで助けに行った場合……僕はDヒールしか使えないので囮にしかならない気もするけど……エルとヴァンさんは?」
実際、勇者様のクエストについていったことはあるが、僕たちが直接戦ったことは無い。
この3人で挑むのは無謀な気もするが……。
「にひ、アタシは”エーテル”の精霊だから、”切り札”を使えば、一瞬で相手のMPを奪ったり、メンタルアタックで気絶させることもできるよ。 魔法使い相手なら無敵かな」
「……それより、ヴァンは”万能薬”の精霊だから、もっと凄いんだぜ?」
エルの能力もかなりとんでもないが、ヴァンさんも凄いのか……どこか誇らしげにエルが胸を張る。
「うふふ……私の”切り札”は、相手にあらゆるバッドステータスを付与できるわ」
「しかも抵抗できないの~」
「マヒから毒……睡眠、呪い……なんでもござれね」
こ、怖い……ヴァンさんは怒らせないようにした方がよさそうだ。
「私は、Aクラスまでの攻撃魔法も使えるけど、”魔族”が出てきた場合は苦戦するかも~」
むむ……エルがMPを削り、ヴァンさんがバッドステータスを付けることで、なんとか対抗できるだろうか……相手の隙を作るために、僕が囮になって……。
僕だって、一撃でやられなければ、Dヒール連打で何とか……。
時間はもう夜の21時になる……これ以上時間の猶予は無さそうだ。
「……エル、ヴァンさん……僕はポゥを……好きな子を助けたい!」
「勝手なお願いかもしれないけど、手伝ってほしい!」
覚悟を決めた僕は、あらためてふたりに頭を下げ、お願いする。
ふたりだって狙われているし、ポゥみたいにオーブ形態含めた僕との付き合いは長くなく、ここであえて死地に飛び込まずに逃げるという選択も取れるはず。
でも、僕はポゥを助けるために、ふたりの力を必要としていた。
「……にしし、良く言ったじゃんグラス!」
「ポーションとエーテルはライバルでもあるけど……恋する少年とオトメのためなら、エルちゃんのモチベも上がっちゃうね!」
「ふふっ……私だってせっかく手に入れた穏やかな生活とお店を手放したくありませんわ~」
「そして、その生活にはポゥちゃんがいないと意味がありません」
「グラスくんとポゥちゃんのラブコメ劇をずっと見ていたいし~」
「……あうっ」
いつもの調子で快諾してくれるふたりに、自然に笑みが浮かんでくる。
何者か知らないけど、絶対に許さないぞ!
僕は、身体の奥から怒りと共に力が湧き上がってくるのを感じていた。
*** ***
「えっ……アナタは……」
どこから”魔族”の襲撃があるかもしれない……まとめてやられてしまわないように互いに距離を開け、慎重に指定場所に向かった僕たちが見たのは、意外過ぎる人物だった。
「ル、ルードなの……?」
意識を失っているのか、椅子に座らされているポゥの横に立っている一人の男……自慢していた黒髪は真っ白に脱色しているが、僕が以前に所属していたAランクパーティのリーダー、ルードその人に間違いなかった……。
た、確か不正な転売と、冒険初心者を使い捨てにしてドロップアイテムを横領した罪で指名手配されていた。
最終的には逮捕され、投獄されたって聞いたけど……なんでここに!?
「グラス! 相手が人間ならっ!」
思わぬ人物の登場に呆然としていた僕だが、エルの声に我に返る。
そうだ、Aランク冒険者だったとはいえ、ルードはただの人間……コイツが犯人なら、ふたりの”切り札”を使えばっ!
「エル、ヴァンさん! 頼んだ!」
「にし、おっけー! 食らえ!」
「はいは~い、まずは動けなくなってね~」
エルとヴァンさんの身体がそれぞれ青と緑に光り、ぐにゃりと彼女たち周囲の空間が歪む。
”切り札”が発動されたようだ……すごい!
エルが魔法戦士であるルードのMPを枯らせ、ヴァンさんがマヒさせる……これで決まりだ……僕は思わず安堵の息を吐いたのだが……。
「…………」
ふたりの切り札を受けたはずのルードは、何事も無かったかのように立っている。
「!? うそだろ、効いてないっ?」
「抵抗した!? ……いや、これは~」
驚愕の声を上げるふたり……ヴァンさんは何かに気づいたようだ。
「”傀儡術”! 魔族の術だわ!」
「その男は仮死状態みたいなものだから、私たちの”切り札”が通じない……!」
”傀儡術”……ルードは操られているという事か。
そして、背後には”魔族”がいる。
でも、操られているなら直接攻撃でどうにかならないかな?
僕はヴァンさんの近くに走り、相談する。
「”傀儡術”は相手を遠隔操作する禁呪だから……どうしても反応に時間差は出るわね~」
「物理攻撃で隙を作って、私の魔法で攻撃すれば、行けると思うわ」
「分かりました! 僕が隙を作るんで、攻撃お願いします!」
僕は、ヴァンさんの答えを待たず、ルードに向かって走り出す。
操られたルードは僕の突進を脅威と感じたのか、僕に向き直り、構えを取る。
だけど、その動きは僕よりはるかに散漫……このまま僕に意識を向けさせておけば……そう思った瞬間!
「ウオオオオオンンッ!」
人ならざる咆哮を上げたルードから、ぶわっっと黒い霧のようなものが広がる。
それは瞬く間に僕とエル、ヴァンさんを包み込んで……!
……あれ、なんともないぞ?
視界が悪いくらいだな? 思わず拍子抜けしていると……。
「やばっ! こ、これ……力を吸われる……」
どさっ
「まさか……”あの時の”力……うっ」
ばたり
なっ、うめき声と共にふたりが倒れてしまった。
よく目を凝らすと、キラキラとした粒子がルードの方に吸い寄せられている。
まさか、ふたりの力を吸っているのか?
その時、目の前のルードから、”ルードではない”声が聞こえてきた。




