第1-2話 初級術師と愛しのポーションちゃん(女の子)
数日前……。
*** ***
がちゃり……
「はぁ……今日もぜんぜん活躍できなかった……」
冒険者パーティの一員として、”クエスト”を終えた僕は、裏口のカギを開け、誰もいない家に帰宅する。
「……ぷはぁ」
水瓶に貯めてある清潔な水で手と顔を洗うと、冒険着を脱ぎ、どさりとリビングのソファーに横になる。
今日の”クエスト”は手配モンスターの討伐。
僕が所属しているAランクパーティの構成は以下の通り。
ルード:魔法戦士、レベル40 HP1400
ジョン:ガード兼戦士、レベル35 HP1800
ダレル:武闘家兼シーフ、レベル37 HP1200
僕:回復術師、レベル7 HP300
うう、書いてて嫌になってきた。
今回の手配モンスターは、モンスターレベル推定30のBランクモンスター。
特にパーティが苦戦するレベルではないので、僕がやったことと言えば……パーティの最後尾で”Dヒール”をひたすら唱える事だけだった。
その”Dヒール”にしたって、回復量がHP50なので……ほとんど誤差なんだよね……。
一度だけ、ジョンがクリティカルを食らい、350のダメージを受けて……うわ、早く癒さなきゃ! って意気込んだけど……。
あっさりハイポーション(HP500回復)を使われちゃった。
あげく、「回復がおせーんだよノロマ!」「この”ハイポーション”は必要経費としてお前の報酬から引いとくからな!」と言われ……。
うう、今日の手取りは1000センド……3日分の生活費くらいか……赤字にならなくてよかった。
”冒険者”だった両親から、稼げるぞって聞いて冒険者になったけど、僕には向いてないのかなぁ……。
ため息ばかりの僕は、戸棚から1つのケースを取り出す。
その中に入っていたのは、丸くて両手にすっぽりと収まるくらいの大きさの、七色に光る不思議な”ポーション”。
両親の形見であり、僕の宝物。
凹むことがあった時は、この”ポーション”を磨くとなぜか心が落ち着くのだ。
「ふぅ……癒される」
僕は清潔な布で”ポーション”を磨く……それにしても不思議な色だよなぁ……。
普通のポーションはこれより一回り小さく、色も赤色だ。
おもわず目線の高さに持ち上げてまじまじと観察していると、すべすべの表面につるりと手が滑る。
「おっと……」
”ポーション”を取り落としそうになった僕がわたわたしてると……。
むにっ
手を離れた”ポーション”が、僕の唇に触れる。
ひんやりとした感触にびくりとした瞬間……!
「えへへ、キミと一緒に、冒険したいっ!」
パアアアアアッッ
「わわっ!?」
どこからか元気な女の子の声がしたかと思うと、まばゆい朱色の光が部屋を包んだ。
「うう、眩しい……なんだよもう」
光が収まったとき、そこにいたのは……。
朱色に近い短めの赤毛を持つ、ぱっちりと大きな赤い瞳の美少女。
やわらかな輪郭を描く頬と、しなやかな手足はとても柔らかそう。
襟付きの紺色のジャケットに白い清楚なミニスカート。
すらりと伸びた脚を同じく白の二―ソックスが包んでいる。
「こんばんは、グラス! わたし、”ポーションちゃん”!」
「……はぁ?」
思わず間抜けな声を出してしまった……。
いきなり現れたかわいい女の子……しかも自分の事を”ポーションちゃん”って……。
ううっ、変な子なのかな?
実は人型モンスターとか……あわわ、冒険者ギルドに連絡をっ!
自分が冒険者であることも忘れ、わたわたする僕……こういう所も冒険者に向いてないって言われるんだよなぁ。
「ちっが~~う!」
「もう! 私はさっきグラスが磨いてくれてた”ポーション”の精霊なの!」
「世界中の”ポーション”を統括する、すっごいアイテム精霊なんだから!」
ぽ、ポーションの精霊?
アイテム精霊?
言ってることがさっぱり分からないんですが……?
あ、でも……母さんがこの”ポーション”をくれたとき、「”この子”はグラスを守ってくれるから……大事にするのよ」って言ってたような?
「ふむふむ……それにしてもここまで”人型”になれるとか……グラス、アナタの力ってすごいのね!」
「フツーは”実体化”しても、リスとか子猫くらい……人型になれたのはたぶん史上3例目くらいね!」
「これだけの力があるアナタとなら……できちゃうかも!」
目の前の女の子、ポーションちゃんは僕にかまわずどんどん話を進めていく……あ、あの……全然話が呑み込めないんですが……。
「ためしちゃお! えいっ♪」
むぎゅっ!
ぽ、ポーションちゃんがいきなり僕に抱きついて……おおう、意外にある胸の感触が……。
しっかりと感じる女の子の感触に、僕が思わず胸を高鳴らせた瞬間……。
僕と彼女の間にまばゆい光が生まれ、そこからころころと10個ほどの”ポーション”が転がり出る。
「出来たぁ!!」
「わわ、すっごい! 10個もっ!?」
「おめでとうグラス! アナタはポーションの【無限増殖】が出来るようになりましたっ!」
彼女……”ポーションちゃん”はとびっきりの笑顔で僕に微笑みかけるのでした。
*** ***
と、いうようなことがあり、僕はポーションをいくらでも取り出せるようになった。
そのたびにポーションちゃんと抱き合うのが少し恥ずかしいけどね……。
「むうっ……ポーションの【無限増殖】だけじゃ不満なワケ?」
「ニンゲンってゼイタク……かくなる上は」
僕の目の前で、ポーションちゃんがうなっている。
この子、超カワイイんだけど、たまに僕の話を聞かずに暴走するのだ……初めて会った時もそうだったし。
「よし、これも試してみよっ!」
「……あの、えっとねグラス……恥ずかしいから目を閉じてて」
くるくると表情を変えたポーションちゃんは、一転恥ずかしそうな表情になると、身体をもじもじとさせだす。
い、一体何なんだ……不安になったけど、女の子をこのままにしておくのもかわいそうだ……僕は意を決して目を閉じる。
「んっ……」
彼女が近づいてくる気配……吐息を間近に感じたその時。
ちゅっ……
彼女の柔らかな唇が僕の唇と重なった……!
「うわ、わわわわああ!?」
思わず身体を離して情けないリアクションをする僕……どうせドーテーだよ、ほっといてくれ!
「えへへ、キスしちゃったね」
「い、いいの? いきなり僕となんて……」
思わず心配になる僕。
「グラスがいいんだよ……ずっと何年も、わたしを愛情込めて磨いてくれたこと、感謝してるんだから」
「そのおかげでここまでの力が出せるのかな……えへ」
か、かわいい……はにかむ彼女に思わず見とれてしまう……その時!
キイイイインン!
こつ、こつこつん!
ポーションを増殖させた時と同じように、10個ほどの赤い球が光の中から転がり出る。
ん? 赤色が濃いような……え? 玉の中に”H”の文字? こ、これって……”ハイポーション”!?
”ポーション”に比べ、10倍以上の回復量を持つレアアイテム……。
ポーションが1つ10センドなのに比べ、ハイポーションは1つ1000センド……圧倒的に高価なアイテムなのだ。
「え……キミって、”ポーション”以外も【無限増殖】出来るの?」
「えへへ、わたし”世界中のポーションを統括”してるんだよ? 上位種だっていけちゃうよ!」
「でもね、”ハイポーション”まで作れるのは、グラスの力が凄いから! 本当に凄いね、グラスっ!」
父さん、母さん……僕、アイテムの精霊ちゃんといちゃいちゃするとアイテムを【無限増殖】出来るようです。
これ、冒険者なんかする必要ないんじゃ?
僕は、自分の人生の未来が大きく広がっていくのを感じていた。