洋菓子店 Pumpkin lake 第二話
ここは、町外れにある洋菓子店「pumpkin lake」
もう随分前からそこにあるお店は、朝から晩までぼんやりとした暖かい灯りが窓から漏れています。
風の噂によると、店主はまだ若い青年で、来店できるのは一日に一組と言うのです。栗毛色した扉にある貼り紙には
「来店時間はお客様の都合の良い時間に。お代は戴きませんが、その代わりに貴方の大切な思いを聞かせてください。」と書いてあります。
その言葉を疑って来店をしない人達もいますが、今夜もまた一人、小さな影がお店の扉を開きました。
いらっしゃいませ…おや、お珍しい。
珍しい?そんな事ないわ。わたくしだって一人で外に出るものよ。しかし寒いわね、何か温かい紅茶でも出してくださらない?
今夜のお客様は、真っ白なロングコートに襟元と袖元を覆うファーをお召しになったお姫様です。コートの下からは真っ赤できらびやかなお召し物、耳元には歩く度にシャランシャランと鳴っていそうな見た目にも美しい宝石のイヤリングに、腰から広がるシルエットに反して見える細い足首と真っ赤なピンヒール。
ショーケース手前にある椅子に、背筋をすっと伸ばして座り当たり前の様に告げる言葉にも店主は戸惑うことなく…奥から湯気の立つ紅茶を桃色の茶器に注いで少女の手前にあるテーブルに出しました。
確かに、お寒いですね。こちらで宜しければどうぞ。今日は貴女の貸し切りでございますから。
ふふ、ありがとう、いただくわ。まぁ…お母様が淹れてくださるのには及ばないけれど美味しいわ。そうそう、今日は苺のケーキを買いに来たの。
お姫様の口調はやはりどことなく高飛車にも感じますが、それに比例して上機嫌でもありました。
ショーケース内にある、とびきり赤い苺をふんだんに使ったホールケーキを指差すと、大きな瞳をより輝かせていました。
店主はショーケースの内側にゆっくりと戻ると、少女に頭を下げて
かしこまりました。それでは…
ねぇ、これはわたくしの一人言なの。
店主の言葉を遮って、少女は口を開きました。視線はティーカップに注がれた、暖かな飴色へと向けられたまま
わたくしにはもうじき、妹が生まれるの。きっとお母様やわたくしに似てとても可愛らしくて、お父様にも似てて賢いの。嬉しいのよ、…でも最近の二人は妹のことばかり話してる。それがなんだか、なんだかとても寂しくて…最近では二人と楽しくお話もしていないわ、些細なことで喧嘩してばかり。
少女の唇が、僅かに震えている。
店主はそれに気付いても静かに話が終わるのを待っていました。
だから、ケーキを囲んで仲直りしようと思っているの。わたくしが一人で買ってきたケーキ、わたくしが一番好きなルビー色の果実がたくさん乗ったケーキと一緒なら…謝れる、気がするから。
大粒の涙が零れ落ち、俯いてしまうその時にも耳元のイヤリングはとても綺麗に揺れていました。
店主は大きなケーキを箱に入れて、少女の元へと歩み寄ると腰を屈めて視線を合わせにっこりと笑いました。
誰かに本心を伝えて貰う事も出来るのでしょうが、何事も自分で伝えることにきっと意味があるのでしょう。素敵なお姉ちゃん、になれると私は思います……さぁ、ご心配される前に。
……ええ、そうね、ありがとう。またね、ケーキ屋さん。
お姉ちゃん、と言う言葉に少女は顔を上げると口元をきゅっと引き締めしっかりと手提げを握り締めて帰っていきました。