ただそういう夢を見ただけ
知らない屋上だった。
青々とした空の下、無機質でヒヤリとしたコンクリートの上。
直感的に学校の屋上の様だと感じた。
普段は施錠されている屋上に、なぜ私が立っていたのかわからない。
ただいつの間にか立っていて、彼女を見ていた。
コンクリートが途切れる手前に彼女は立っていた。
高所の風を受けてなびく髪を手で押さえ、こちらを見て微笑んでいる。
私はそんな光景を目にして、彼女を「綺麗だ、美しい、妖艶だ」等と思うよりも、今時屋上に高い柵を設けていない学校があることを珍しく思った。
思って、自殺の二文字が頭を過った。
彼女の笑みは私の思考を肯定しているように見えて。
名も知らぬ彼女の体は、すでに手遅れなほどに傾いていた。
最後に彼女はスキップでもするような気軽さで、コンクリートの縁を蹴り、その身の自由を重力に委ねた。
音は聞こえなかった。
歩み寄り、手を伸ばし、言葉を交わす時間すら許されなかった。いや、そもそも時間が与えられていても、私が行動できて、なおかつ彼女の飛び降りを止められていたかは甚だ疑問である。
生きる気概のない人間に、死ぬ覚悟の出来た人間を止められるのならば、そいつはカウンセラーにでもなるべきだろう。
たっぷり数十秒。茫然とその光景を受け止めて、屋上の縁へと歩を進めた。
下の景色を見る。高所恐怖症の気がある私だったが、不自然なほどに恐怖心はなかった。
中庭と思しき場所が見えた。誰も手入れをせず、雑草の生命力に任せた花壇に彼女の姿があった。
花壇の縁石に頭を預け、横たわる彼女はまるで昼寝でもしているように見える。
運悪く、あるいは運良く、彼女は縁石に頭を打ち付けたらしい。あれではどうあっても目を覚ますことはない。
目をそらす。
そこにはもう一体の死体があった。
彼女からそらした目が合う。
嫌なものを見た。ほぼ毎日鏡の前で見る自身の顔だった。
仰向けに倒れ、目を見開き、死んでいる私は生きている私を見つめていた。
あれはきっと未来の私だ。
そう、思った。
ならばつじつま合わせをしなければならない。
彼女と同様、屋上の縁に立つ。
ここから見える空は広かった。
広い世界がそこにはあって、息を飲むほどに青色で、そして何より恐ろしかった。
狭量な私にはこの空は広大で、不純な私にはこの世界が純潔すぎた。
だから結構あっけなく屋上を蹴れた。
視界が一瞬ふわりと浮く。屋上よりも少しだけ高い光景は、やはり青色で、どこまでも飛んでいられる。そんな気がした。
浮遊感と、同時に重力の手が私を捕えた。
自然と目は地面を向く。
落下の間。私はやはり後悔していた。
まだ読み終わっていない小説があった。まだ見てないTVもあった。
私自身笑ってしまうほど、生きる理由はそれなりにあったのだ。
重力加速度9.8m/s2の世界で、最期に思い出したのはいつか、誰かの言葉。
「お前は碌な死に方しない」
ごもっともで。
記憶の誰かに、死にゆく私が苦笑で答えて——