強くなりなよ
気ままに投稿しています。
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幼馴染というくらい親しかった和木の家で泣かなかったコウが、高野山の金剛峯寺の正門をくぐった瞬間、ロードを降りて俯いた。
そしてしばらく動かない。
ぽたぽたとコウからしたたり落ちるのは、汗だけじゃない。
軽口を叩きながらも、登ってくる間中、言葉を詰まらせている弟のコウの気持ちを感じ取っていた。
だから電動でもなんでも、コウの前を進んでここまで登ってきた。
残念ながら自分には友達と言えるほどの親しい友人はいない。
それは人間関係よりも、夢中になったものが多かったから。
そんな自分でも寂しいと思わずにこれまで生きてこられたのは、
守らなければならない弟のコウがいたからだ。
アイはコウにとって戸籍上は姉だけれども、時に友人で、母であり父でもあった。
ロードの上に俯いて、はぁはぁいっている弟のヘルメットを脱がしてやる。
「すごいじゃん。ちゃんと自宅からロードで登った。樫木くんとの約束守れたね」
昔だったらコウは顔をあげて泣きじゃくった。
くしゃくしゃの顔で、自分にしがみついてきたと思う。
でも少しだけ大人になったコウは、うつ向いたまま、流している涙を汗のようにカムフラージュするあざとさを身につけている。
騙されてやるから、あと2、3分で泣き止みなさいよね。
コウの悲しみや気持ちがしみるくらいわかるから、少しの時間は待ってあげるね。
「お昼、荒野豆腐食べたいんですけど。よもぎのヤキモチだけじゃ、まだ空腹なんですけど」
無造作にアイはコウの体をぽんぽん叩いた。
強くなりなよ。
そんなこと、口に出しては言えないけれど、項垂れたコウの肩をぎゅっと抱く。
自分の心とか生き方を見直すには、十分すぎるほど霊験あらたかな場所がここにはある。
悲惨なバスの事故。
ほんの一瞬の出来事で、友達と、1年目のインターハイという夢を失ったコウ。
死んでしまった人はそれはもちろん無念だろうけど、残された者の悲しみは生きている限り永遠に続く。
今のままじゃ2年目のインターハイなんてとても目指せないと思う。
きっとバスケットをする度に、失ったチームメイトのことを思い出すだろう。
アイにとってそれはどうでもいいことだけれど、
コウにとってそうではないのなら、ーーコウがもう一度夢を見るために、克服して欲しい現実だと思った。
「オタクの青春は異世界転生」:2020年11月10日