キャプチャされる!
気ままに投稿しています。
ライトノベルの文庫本一冊分くらいまで続けます。
10万文字ぐらいの分量でしょうか。
応援、反応、感想等、よろしくお願いします。
※
なんだかんだの合宿生活が始まって3日経った。
和木と一緒に買い出しして、夕飯の支度をすることに慣れ、
練習メニューもこなせるようになった。
一番苦手だと思っていた和木と、一番親しくなるなんて、
人間ってわからない。
それからコートの中でバスケットシューズが、
キュキュっとする音が好きになった。
「森ゴール下行ったぞ。ゴール狙え」
「はい!」
僕はしっかりとボールを受け取り、
キュキュキュ。
フットワークを軽くしてゴールを見る。
一瞬で止めに入ってきたのは黒田コウだった。
僕より背が低いけれど、立ち塞がった彼は大きく見えた。
青みを帯びてさえ見える艶やかな黒髪が彼の動きに合わせてなびく。
飛び散る汗すらかっこいい。
ええい! 勝負だ!
見た目じゃ完璧に負けているけど。
勝負しよう!
僕も新たな技を覚えていた。
それは右に行くと見せかけて左に、ジャンプ!!
フェイントってのが楽しくて、最近はこれで得点できることもある。
よし抜けた!
そう思って左サイドからゴールに腕を伸ばす。
ところが黒田は予想以上に素早かった。
確かに右について体重を預けていたはずなのに、
自分の動きについて、左へ右手を伸ばしてきた。
しなやかなジャンプ力。
高い!
僕のボールは弾かれて、黒田のチームにボールが渡った。
「よーしコウ、その調子〜! 負けたらご飯抜きだからね」
鈴を転がしたような、可愛らしい声の声援があがった。
さっきまで全く女っ気なんてなかったのに、
急に何だなんだ!?
勝負に負けたことよりも、女の子に面識がない僕は、
声の方が気になって集中力を失った。
「こら、森。次狙われてる、止めろ」
そうだ、僕はセンターだ。
たまたまポイントしに相手側に入ってしまったけれど、
ポイントを阻止するのが僕の仕事!
追いかけたけれど、遅かった。
僕の代わりに、和木と黒田がボールを奪い合っている。
ふとコートの外に、黒田アイちゃんの姿があった。
あー、黒田の姉ちゃんだ!!
そうか、弟を見に来たんだな。
なぜだか大仕掛けなテレビカメラのようなものを肩に担いでいる。
弟の練習を録画しているのかな?
それにしても大きい。
両手で肩に担いで回しているけれど、危なっかしかった。
「おい森!!」
あ、はーい。
僕も良いところ見せなくちゃ。
可愛さにぽやっと見惚れている場合じゃなかった。
僕はセンターの位置にもどった。
練習試合が終わると、黒田コウは姉のところへ走って行った。
「何してるの? 姉ちゃん、これまた何始めたの?」
「あー差し入れ作ってきたんだけどね、せっかくだからバスケットやっているコウ達の動き、モーションキャプチャしようと思って」
黒田の後ろについて、僕もアイちゃんの側にさりげなく近寄っていく。
樫木や先輩達も、花に群がる虫のように、彼女のところに集まって行った。
「モーションキャプチャって何?」
「ん、みんなの三次元の動きをキャプチャーして、デジタルデータ化してるの。今人工知能の研究をしてるんだけど、動きのない物にデータを貯めるより、動きのあるものと連動させることでより正確な人格が形成されるんじゃないかって試してて……」
可憐な美少女からつむがれる言葉は、少し変わっている。
黒田が耳打ちした。
「ごめん、ちょっと俺の姉ちゃん、ITオタクでさ」
オタクーー!
黒田はアイちゃんに睨まれて、耳を引っ張られた。
オタクなんだ。
親近感湧くな。パソコンとかは詳しくないけど。
人工知能とか、ペッパーくんか将棋でしか馴染みがない。
「一年生みんなの分を今日はキャプチャさせてもらうから、
気にせずに練習して」
笑顔が可愛い。
しかも差し入れもあるって言っていた。
「それって僕たちのもある?」
僕の聞きたいことを樫木が聞いた。
「うん。みんなのあるよ」
モニタリングのお礼ーー、ぼそっと呟いた彼女は、
ふっと唇の端で、何だか悪い笑みを見せた。
「いいの? 買収されて?? 言っとくけど実験台にされるよ」
黒田は言ったが、僕らは全面的に協力するよ、と意思表明した。
何でもキャプチャして。
そしてできたら、毎日顔見せて、差し入れして。
男子全員、鼻の下を伸ばした。
(和木以外)
「オタクの青春は異世界転生」:2020年9月25日