いじめの記憶
気ままに投稿しています。
お付き合いよろしくお願いします。
※
憎たらしいやつだけれど、和木の生還は僕達に力を与えた。
和木の身に起こったことを和木に話して、その理由を僕なりに推測する。
やっぱりあの呉服屋があやしい。
発疹が引いてきた和木に、僕は質問した。
「和木くん、着物を買った呉服屋で、なんか触らなかった? もしくは変な匂い嗅がされなかった?」
でも匂いだったら、僕も一緒だったから、匂いじゃないかな。
「右の掌が一番酷いよね、発疹。その手でなんか触ってない?」
僕に言われて、和木は首を捻って考えている。
そして「そういえば」と思い当たることを口にした。
「森がさ、あのアルビノの男の子と会話した後、その子がなんかお前の頭に向かって投げつけようとしたんだ、小石みたいなの。ーー飛んできたそいつを右手で握ったな」
と和木は言った。
「いやでも、最初すごくお前に懐いて話しかけてきてたのに、森が途中から余所よそしい態度取ってたから、小さな石だったし、子供の腹いせぐらいに思ってたんだけど……」
「それだよ!」
僕は声を荒げた。
毒ガスを吸い込んだだけなら、あそこまで症状重くならない。
樫木もリオナも回復した。
診療所に詰めかけている同じ症状が出ている人達にも、僕は除去の方法を伝えまくって、死人は一人も出ていないんだ。今、リオナは除去方法をどんどん広めて、住民の治療をしに奔走しているから、住民も回復に向かっている。
症状重いのは、断トツで和木くんだった。
きっとその小石のせいだ。
ーーえ?
じゃあ命狙われたのって、もしかして僕だった!?
和木はその身代わり?
「うわっ、ごめん僕の代わりに死にかけたんだ」
いや、一回死んだって言ってたっけ。
「死なせてごめん。でもーー、あの子供がなんで僕を!?」
「それなら心当たりありまくりやんか? だって森君、ここに来た日、和木と呉服屋行ってきてから、めちゃ顔色悪かったやろ? その子供となんかあったんやろ?」
「そういえば、毒のある鉱物の名前ばかり口にしたって、気にしてたよな」
樫木と和木にそう言われて、僕は思い出した。
そうだ、僕はあの子供が毒の鉱物の名前ばかり言ったから、怖くなって彼に背を向けた。
子供なのに、なんでそんな鉱物知ってるんだって、異様さにたじろいだんだ。
まるで僕たちがいた世界を知っているかのような子供だった。
それってあっちからしても、そうだった?
僕が鉱物好きだって耳にしたから。
わざと毒のある鉱物の名前を口に出して、僕の反応を探ってきた?
それで僕が彼と同じ知識量があると判断して、ーー殺意を抱いた?
ああ。そうかもしれない。
僕もあの子供の存在は脅威だった。
前の世界の科学の知識を、この世界で悪用したらどうなるって考えてた。
「和木くん、樫木くん、敵がわかったよ」
アルビノの、あの子供だ。
リーインリーズが言ってた魔物。
そいつを討伐に来た僕たちの視線を逸らすために、あの子供が毒ガス撒いて、僕らを牽制してきたんだ。
僕はとてつもなく腹が立って、心の底からムカムカした。
危険な毒ガスを人に使うなんて、もっての他だ!
たまたま誰も死ななかったからよかったけど、子供が扱っていいものじゃない。
危うく命を落とすところだった和木。
その仇は絶対に打ってやると僕は決めていた。
「反撃を開始するよ」
僕は立ち上がった。
※
僕は未だかつて、こんなに怒ったことはない。
僕は中学時代に引きこもりだった。
引きこもったきっかけは、人間関係。
きっかけはちょっとしたことだったのに、僕はクラスメイトからいじめられた。
好きなものは科学、と歴史。
アニメ、ゲーム。
好きなものを語るのの、何が悪い?
好きなもののことを語るときは、嬉しくって早口に拍車がかかる。
だって知って欲しいだろ?
いいな、って思うもののこと。
それなのに反面、極度に緊張すると僕は吃音になったりした。
大人になれば吃音は治るんだって。
事実、高校で少しマシになってたよ。
でも吃音になるってことが僕の自信をどんどん奪っていった。
だからなるべく目立たないように、休憩の時も一人で便所めしを食うようなやつだった。
友達なんて要らない。
楽しみは二次元の中にいくらでもある毎日だったから。
そんな僕はいじめのターゲットにされやすかったと思う。
今のように身長も高くなくて、細くて小さくて非力。
あるとき僕は学校にゲーム機を持って行ってて、それを盗まれた。
盗んだやつの検討はついていた。
そのときは腹が立つよりも悲しかった。
取られたと言うことを親にも言えなくて、僕はゲーム機が壊れたことにして、親から新しいゲーム機を買ってもらった。
代わりが手に入って、人間関係もめないのなら、それで万事うまく行く。
そんなふうに考えた。
甘かった。
僕が新たに手にしたゲーム機を、盗んだ奴が目にした時に、いじめが始まった。
「いいよなお前は。なんでも親にねだれば手に入って」
ある日便所飯を食らっていると、上から水が降ってきた。
弁当箱を取り落とすほどの、大量の水は、水道からホースで浴びせられる。
中学校のトイレの扉なんて、男子のひと蹴りで破られるようなチャチなものだ。
僕は水を浴びせられて、弁当を落として、トイレの便器に座ったまま、いじめてくる奴らと向き合うことになった。
「あーあ。ゲーム機は壊れない方がいいんだけどなぁ」
「また買ってもらえるからいいんじゃない?」
今なら冷静に分析できる。
僕は科学とか歴史とか、みんなとは違うものに興味があった。
それから親がエロ系小説で一旗あげて、裕福だった。
それが僕がいじめられる一つの要因、きっかけだった。
出る杭は打たれるから、ずっとこうしてトイレに隠れていたのに。
窃盗されて、犯人がわかっていたのに、黙って耐えていたのに。
浴びせられた水は冷たかった。
そいつ等は容赦なく僕の髪を引っ張り、せせら笑う。
「ゲーム機買ってもらってるってことは、小遣いも多いんだよな」
そう言ってそいつらは、僕の鞄の中から財布を取り出し、現金だけ奪っていった。
金なんて奪えばいいけど。
僕は殴られたくなくて、便器に取り縋って、事なきを得ようとする。
でも、奴らはそんな僕を見て、もっといじめたくなったんだと思う。
僕の髪の毛を引っ張って、濡れて汚いトイレの地面に這いつくばらせた。
僕はただ悲しかった。
「なんで、こんなこと……」
右肩から汚い床に溜まる水に無理やり押さえつけられた。
肩を踏まれ、足を踏まれ、更にホーズで水を浴びせらえる。
僕一人に対して五人いた。
そんなの叶うわけない。
ごほっ。
トイレの床で水を飲み込むほど、大量の水をぶっかけられる。
そして脇腹を何度も蹴られて、僕は丸くなって耐えた。
金でもゲーム機でも、なんでも持っていってくれ。
早くこの場をやり過ごしたい。
そう思う自分は、彼らにとって更に罰を与える存在になっていたのだろう。
五人いた誰もが、その行為を止めなかった。
生まれ変われるなら、僕はそんな人にはならない。
僕は絶対、そんな卑怯な真似はしない。
僕はーー。
それは怒りではなかったと思う。
本当に悲しかった。
それなのに今、無差別に毒ガスを放出し、和木に対して命さえ奪おうとした存在を、許す事はできなかった。
たとえそれが、どんなに強大な相手でも、僕は許すことはできなかった。
それはいじめられた時、僕には大切なもの、守りたいものすらなかったと言うことだ。
それが異世界転生して、本当の生死に触れて、僕の価値観が覚醒している。
僕だって守りたいもののために戦うよ。
怒ると震えるんだってこと、初めて知った。g
「オタクの青春は異世界転生」:2020年11月29日