またな
気ままに投稿しています。
お付き合いよろしくお願いします。
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今のはいったい何だったのだろう?
自分達は幻を見たのだろうか。
試合が終わり、コウが相手チームに礼を言った途端、
和木の姿が忽然と消えた。
アイは何回も目を擦った。
どこにも和木の姿がない。
「コウ!」
あんたは見たわよね?
一緒に試合してたわよね?
アイはタオルを持ってコウの横に駆け寄った。
そうするとコウは、泣きそうになるのを堪えたくしゃくしゃの顔で、少し笑った。
アイからタオルを受け取って、汗と一緒に涙を拭う。
「お別れを……言いにきたんだって」
まだ呼吸が整わずに、荒い息をしているコウは途切れがちに言った。
「やっぱ居たんだ、和木くん」
あれは錯覚なんかじゃなかった。
アイとコウは相手チームのメンバーと先生に礼を言って、体育館横の自販機で飲み物を買った。
少し落ち着いたコウはベンチに腰を下ろして、アイを見た。
「試合中、ずっと和木と会話していたんだ」
姉ちゃんのいう通り、和木や森、樫木も生きてるんだって。
コウは穏やかな表情で和木と話した内容を話し始めた。
『相変わらずバスケしてるんだ』
『おまえもバスケする?』
『いいよ。おまえがバスケするならやってやるよ』
一緒にやろう。
中学校一年生の時に和木とコウは、バスケをすることで隣にいることを選択した。
それからずっと同じユニホームを着て、同じチームで練習してきた。
会話するより、たぶんボールをパスした回数の方が多い。
『やるなら、勝つよなぁ?』
いつも冷静に見えるけれど、けっこう和木は負けず嫌いだ。
自分をいつも焚き付けてくる。
『司令塔、で、どうよ?』
和木は恐ろしく頭が切れる。
まるで相手の動きが読めるかのように、確実なパスを回してくる。
『軽いな』と和木は言った。
だったらこの試合、絶対に負けない。
『こんなのはオレ達なら簡単だ』
和木がパスのタイミングを相手からズラして、完全に対戦チームの動きを翻弄していく。
『やっぱりおまえとするバスケは最高だ』
2点目の得点を決めたコウは、和木に言った。
『そうだな。最高だ』
和木はいつもの仏頂面が嘘のように、口を開けて明るく笑う。
そんなふうに笑うんだな、おまえ。
コウは驚かされた。
中学のバスケチームの中でも、いいプレーはするけれど、和木はずっと浮いた存在だった。
司令塔といわれていたのも、彼はチームメンバーをコマのように動かそうとするところがあったからだ。
尊敬してそう呼ばれたというよりも、その言葉の中には、横暴な奴という皮肉も含まれていた。
『おまえ変わったな』
コウは和木に言った。
いつから変わったのだろうかと考えて、そうか、森利刀と一緒に合宿で料理を作リはじめてからだと思った。
二人で料理を作っている時、和木は本当に楽しそうだった。
合宿中、2段ベットの上の段で、次の日の献立を考えているらしい和木が、鼻歌をくちずさんでいるのを耳にしたことがあった。
和木本人も、きっと気がついていなかったのだろう。
「楽しそうだな」と声をかけると、「悪い、起こしたか?」と照れていた。
森利刀と出会ったことで、和木は知らないうちに変化した。
『変わったか?』
『うん、いいふうに変わったよ』
コウは3点目のシュートをする。
『おまえが生きててよかった』
『それはこっちのセリフだよ。この世界でおまえ……』
コウは言葉を詰まらせた。
それなのに和木は全てを察しているように笑う。
『オレの葬式出てくれた? 泣いただろ?』
と無神経に言った。
『泣いてないよ』
相手のディフェンスをうまく躱しながら、和木は後ろ手にパスを送ってくる。
コウは受け取って、ゴール下に入り込んでいく。
『狼に食べられちまったのかと心配したよ。生きてたんだな、ほんと神様に愛されてるよ、おまえ』
『狼って何だよ、それ』
軽口を叩きながら、4点目を決める。
少しリンクに触ることができるほどの、パワーシュートだ。
『俺たち、何とかかんとか楽しくやってるよ』
和木はそう言って、コートの隅からソッコーを仕掛けようと合図する。
『おまえが生きて、バスケしてくれていて、嬉しい』
『バカ……やろ』
死んだやつにまで、心配されてたまるかよ。
パスが通るたびに、会話をする。
『森のやつが呼んでるな』
『そうか』
『大丈夫だよな』
『ああ、和木』
コウはリンクの手前で助走して、大きく飛び上がる。
『おまえオレの天使だわ、やっぱ』
リンクを大きく超えて、上からボールを叩き入れる。
和木が見惚れて、称賛する。
『またな』
『ああ。またな』
試合が終わった。
「そんな別れ方だったよ」
コウはスポーツタオルを頭からかぶった。
「泣きたかったら、胸貸すよ」
アイはコウの頭をタオル越しに抱きしめた。
「泣かないよ。心配かけたらさ、あいつこっちに未練残して戻れなくなるだろ」
コウはぐっと体に力を入れている。
「姉貴信じてよかったよ。あいつらが生きてるなら、おれもまた生きていける」
「オタクの青春は異世界転生」:2020年11月28日