宝探し
ガラクタを漁るのが趣味である。
まあ、趣味しかしていないのだが。
正確に言うと、壊れた電化製品を直したりフリマアプリで売ったりしている。
もう大学を中退して何年になるか分からなくなりそうだった。気が付けば春になり、いつの間にか夏が過ぎて、気づかないうちに冬が終わった。服装も全く気にしなくなって、キャップを深めにかぶるスタイルが常態化している所為で近所からも気味悪がられている。
シャツは色褪せているのに黒のズボンには色がうつって変色している。こんな服なら着ない方がましであるが、他に持っていないので仕方がない。
ガラクタを探しに某大手リサイクルショップの奥にあるガラクタの積まれた場所へ向かう。俺程とは言わないまでもどこか世捨て人かよく言えば職人気質の人間が無言で探し物をしている。平日の昼間だというのに暇な人間もいるものだと思いながら、誰よりも社会貢献度の低い俺は適当に壊れた家電を漁る。棚の列に足を踏み入れかけて、ふと制服姿の女子高生が立っていたので思わずUターンしてさっきまで散々漁った棚に逃げ帰った。女子に耐性が無いが、かといって中年男に耐性があるわけではない。大学生の時に電車に乗っていただけで何故か肩を掴まれて降りた事もない駅へ引きずりおろされちょっとした騒ぎになったその日をきっかけに俺はあらゆる人間を取り敢えず信じてはいけないと心に刻み、同時に近づいかれないように振舞うことにしていた。大学に通っている間も誰も声を掛けてこなかったが、大学の東洋近代史講義で一人ずつ当てられて答えるという謎の精神的摩耗を狙うイベントで教師にただ一人、氏名されなかった時は教師からも敬遠されていることに気づいて少し落ち込んだ。
あの日はやたらいい天気だった。
無駄に広いリサイクルショップの奥に積まれている家電やオーディオ機器は破格の値札が貼られていた。壊れているからこそ安いのだが、壊れているからこそ需要が無いのだ。と思っていたが、需要が無いものは意外とないのだと最近知った。壊れているものから壊れていない部品を取って組み立てる。それが最近の趣味だった。組み立ててからまた別のリサイクルショップだの無料通販サイトだので叩き売っている。正直壊れたものでも見つけたもの勝ちで、壊れたコンポやブリタニカ国際大百科事典のような分厚いPCが売れたりするのである。買う人間の顔が見えない商談だが、まあ売ってしまえばもう関係は無いのである。
大きな型落ちのコピー機を退かしたとき、ふとそれが目に入った。
「ん?」
トランクにしては大きい。ブリーフケースにしてはもっと大きい。取ってを持って引っ張り出そうとしたが手を引っ張った瞬間肩が外れるかと思った。ケースが床に根を張っているのではと思ったが、思い切り引っ張ると少し持ち上がった。一体何が入ってるんだ?
この大きさにこの質量というのはどう考えても不自然だった。普段はそんなものに興味は無いのだが、あまりにも気になって全力で引っ張り出した。ピアノ用の椅子の上にどうにか乗せる。
人間でも入ってんのか?と思う程だったが、流石にそこまで大きなサイズではない。
入るとすれば子供くらいだ……。
俺は思わず戦慄した。数時間前に読んだ野崎まどの小説の所為で何もかも信じられなくなっていただけである。ケースの淵にある銀色の留め具に手を掛ける。
子供など入っているわけは無いのだ。何ら妙な匂いもしないし、中身は無機質な機械か何かだ。
恐る恐るケースを開けると、赤が目に入って思わず手を離した。その瞬間蓋がずり落ちるように外れて重厚な蓋が床に落ちた。
思わず小さく悲鳴を上げて両手を顔の前にガードしたが、何も起きなかった。代わりに降って来たのは声だった。
「あ、かわいい」
顔を上げるとさっきルートを変えざる負えなかった障害物が膝に手をついて屈みこんでいた。その方を見ると俺は呟いた。
「キーボードか」
「知らないんですか?」
なんだか馬鹿にされたような気がした。俺は取り敢えずこの場から立ち去ろうとしたが、頭が涼しい事に気づいて視界が明るくなっているのにようやく気付いた。慌ててキャップを探していると、不意に目の前にニューヨークヤンキースのロゴが飛び込んできた。
「落としましたよ?」
「あ、どうも……」
序でに、ともう片方の腕も差し出された。思わず受け取るとコンセントだった。
「どこかに挿してください」
「あ、はい」
はいじゃねーよ。言われるがまま壁の隅にあるケーブルにそれを挿した。
俺は不安定に脈打つ心臓を今すぐにでも捨てたかった。
ここ或るどのガラクタよりも、俺は何にも使えない。
目の前が滲む、涙はいつになったら枯れるんだ……。
不意にラッパのような音がした。あまりにもデカかったので思わず頭をぶっ叩かれたように思わず耳を塞いだ。反射的に振り返ると女子高校が少し出した下を軽く噛むようにしてから赤い本体についているボリュームを絞る。
「焦ったぁ、ボリューム、フルになってた」
女子高校はボリュームを絞ると、それから引き始めた。
その音に思わず俺は答えていた。
「スーパーマリオ」
その楽器から流れてくる音は紛れもなく初代ファミコンのスーパーマリオブラザーズのBGMだった。
「ゲームの音ですよね?これで弾いてたのかな?」
やたら大きいわりにスイッチの少ないキーボードからは単調で安っぽい電子音が流れる。彼女の弾く曲は全て知っているゲームの曲だった。
昔、両親が共働きで学校から直行していた母方のばあちゃんの家で発掘したゲームを思い出した。カセットの数は片手で足りる程で、しかも使えるのは三本くらいだった。
「つか、何で弾けるの?」
テトリスのBGMを弾いていたその子はこちらを向かずに答える。
「昔のゲーム好きなんですよ。ほら、昔のゲームって親切さゼロで絶望的にムズイじゃないっすか」
敬語が崩壊していたが、気にならなかった。
「確かにすぐ死ぬんだよなあ、昔のゲームって」
「しかも背景と区別つかないから攻撃の弾がステルスになって避けられないとか」
「初代ファミコンって今のテレビじゃ繋がらないだろ?」
「だからわざわざブラウン管テレビ置いてるんすよ」
久しぶりに会話をしていることに気づいた。ふと女子高校が上を見上げたので振り返ると必要以上に屈強な店員が立っていた。紺色のエプロン姿との対比がやけにギャグマンガっぽいが、笑える状況ではなかった。
「お客様、試奏の際は店員にお声がけください」
「あ、そ、し、失礼しました!」
俺は慌てて逃げだした。
家に帰ってベッドに横になるとどっと疲れに襲われた。スマホでふと検索してみる。キーボードではなく昔の電子オルガンだったようだ。ヤマハのYC-10と言うらしい。今はキーボードに取って代わられている時代遅れの楽器だった。
「まだあったかな……」
勢いをつけて起き上がり、押入れを漁ってファミコンを取り出した。
古いものも悪くないよな。