主任の憂鬱
「新谷直人を知っているか?」
時刻は午後2時、遅い昼食を食べていると、サングラスにニット帽の大男が話しかけてきた。
こちらに突き出した手には、一人の男性が映った写真を持っている。
その男には見覚えがあった。青年というには幼い顔立ち、茶髪にピアス・・・・・・
新谷直人だ。
「・・その子がどうかしたんですか?」
私はスプーンを皿に置き、男の目を見た。
サングラス越しの目からは、何を考えているのか推測できなかった。
「知っているのか?」
男は淡々と同じ質問を俺に投げかけた。
「・・・工場の・・同僚です。」
私は男の、人とは思えないような絞り出す声に、新谷君の事を言ってしまった。
新谷君は私が勤めている工場の後輩だ。今年入ってきたばかりの新人だ。
「案内しろ。」
男が再び淡々とした言葉を投げる。口の端が少し吊り上っている。・・笑っているようだ。
私は無言で席を立ち、レジに千円札をおいて店を出た。
私の内心は新谷君に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
この男は普通じゃない。だが私は怖くて喋ることもできずに工場へと足を向けた。
「・・・・・・ここです。」
5分ほど歩いて、大きめの工場についた。設立22年目の古谷製鉄所だ。
「案内しろ。」
男はそう言って私を促した。・・・私には従うしかなかった。
「主任、お帰りっす。」
工場を進んでいくと、新谷の同僚の戸倉が声をかけてきた。
「・・新谷はどこかな?」
私は戸倉に聞いてみた。
戸倉は私のただ事ではない声色と、大男の存在に気づき、顔色を変えた。
「え・・・と、今第4製鉄所に行っていると・・思います。」
戸倉は、状況を察し、おどおどしながら口を開いた。
普段やんちゃな彼も、今はまるで猫の前の鼠のようだ。
私は「そうか。」とだけ答えて第4製鉄所に足を進めた。男は無言でついてきた。
第4製鉄所には従業員が普段23人いる。
第3よりも安全な仕事が多く新人たちの大半は、ここで作業をしている。
新谷は普段は先ほどの第3製鉄所にいるのだが、今日は何故かここで作業をしているらしい。
「新谷・・お客さんだ・・。」
私は第4製鉄所で作業をしている新谷に声をかけた。
新谷はせっせとベルトコンベアで運ばれた製品をチェックしている。
「あ、主任、ちわっす。」
新谷がこっちを振り返った。その瞬間新谷の顔面は蒼白となった。
「あ・・え、遠藤さ・・ん。」
新谷は震えながら男の方に目を向けた。
私は新谷に「すまないっ」と思う気持ちでいっぱいだった。
だから、こちらに助けを求めるかのような彼の視線から逃れるように私は俯いた。
男は無言で新谷の方に歩み寄った。その直後「バキ」って音の後に「ドサ」って音がした。
・・・見るまでもなかった。
新谷は先ほどいた場所から5メートルほど向こうに吹っ飛ばされていた。
私は、人間がこんなに吹っ飛ぶとは思っていなかった。
彼はその瞬間、まるで爆発の衝撃を受けたようだったのだ。
「ひぃぃぃぃ、た、助けて・・・・。」
新谷は鼻血をだらだら流しながら、這いつくばったまま逃げだした。
先ほどの音で十数人の作業員がこちらに気づいたが、みんな唖然と見ることしかできなかった。
「いやー、だ、誰かぁぁぁぁぁ。」
新谷はもう二、三発もらい、首根っこを抱えられ、出口の方に引きずられていった。
新谷の悲鳴は最後まで止まなかった。私は警察を呼ぼうとしたが、怖くてやめた。
私は臆病で、小心者だったからだ。お金にも細かく、変に神経質で優柔不断だ。
妻にはよく「甲斐性なし」って言われ、苛められる。
高校生の娘には、「弱腰」とか「おやじ」とか「加齢臭」とか言われる。
お小遣いも一日500円だ。500円では昼飯しか食べられない。そういえばお釣りを貰っていない。そして私はこう思った。
「残したカレーライスがもったいないなぁ。」
既に私は新谷の事など、どうでもよくなっていた。
はい、終わりです。
私の執筆スタイルは基本いきあたりばったりなのでこんな事がよく起こります(笑)。