奇談散歩【57】 妙多羅天・猫多羅天
前回ご紹介した「妙多羅天・妙多羅天女」の伝承には類話が多く、
山形県東置賜郡高畠町一本柳にも「妙多羅天」という祠があり、以下の物語が言い伝えられている。
平安時代。
源義家に敗れた安倍氏の一子・弥三郎が、老母と共にこの地に隠棲していた。
やがて弥三郎は御家再興の悲願を胸に修行に旅立ち、息子の帰りを待つ母は、質の悪い病に罹り死の床についた。さりながら、母の御家再興の想い強く死に切れず、ついには鬼と変じ、御家再興の資金のため、狼の群れと旅人を襲い金品を奪うようになった。
鬼と化した母は、帰参した弥三郎も襲い、その変わり果てた姿に、弥三郎は、それと知らず鬼の腕を斬り落とした。
弥三郎が鬼の腕を持って帰宅すると、家で寝込んでいた母は鬼の本性を現し、腕をつかみ、弥彦山へと飛び去った。弥三郎は御家再興の妄執に取りつかれ、鬼と化した母を哀れみ、母を妙多羅天として祀ったという。
…… また新潟県の伝承では、
≪ 佐渡国雑太郡(現・新潟県佐渡市)でのこと。
ある夏の夕方、老婆が山で涼んでいると、老いたネコが現れた。ネコが地面に転がったので、老婆もそれを真似ると、なぜか急に体が涼しくなってとても気持ち良くなったので、毎日のように同じことを繰り返した。すると老婆の体がとても軽くなり、自在に空を飛ぶようになり、体に毛が生え、凄まじい形相となり、雷鳴を放ちながら空を舞い、海を渡って弥彦に至り、雨を降らせた。土地の者が困り、祠をもうけて老婆を崇めると、ようやくこの暴威はおさまった。ただし年に一度だけ、妙多羅天が佐渡に帰る際には、激しい雷鳴で国中を脅かすという。
これは文化時代の随筆『北国奇談巡杖記』にあるもので、同書ではネコとの関連のためか、名称の「みょう」に「猫」の字を当てて「猫多羅天」と記述されているWikipedia「妙多羅天」より ≫
この新潟の「妙多羅天・弥三郎婆」の物語は、山形の伝承が元となり、人づてに伝わるうちに、化け猫やオオカミの怪異譚が混ざって、この形になったものと考えられている。




