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 奇談散歩【56】 妙多羅天女

 おもに、新潟県・山形県で崇敬されている、妙多羅天みょうたらてんまたは妙多羅天女みょうたらてんにょは、神仏・善人・子供の守護、悪霊退散、縁結びの神。

 新潟県西蒲原郡弥彦村「彌彦神社」の北側、

 真言宗紫雲山しんごんしゅうしうんざん)龍池寺宝光院(りゅうちじほうこういんの阿弥陀堂には妙多羅天女像が祀られており、以下の様な伝承が伝わっている。


 白河院の御代、承暦3年(1079)彌彦神社造営の折、上棟式奉仕の日取りについて、鍛匠 ( 鍛冶職 ) と工匠(大工棟梁)の間で言い争いが起こり、弥彦庄司吉川宗方の裁きで、工匠は第1日、鍛匠は第2日に奉仕すべし、との沙汰が下りました。

 これに黒津家 ( 鍛匠・鍛冶職 ) の祖母※、憤懣やる方無く、ついに その怨念が昂じて鬼と変じ、庄司吉川宗方や工匠に祟りするも、その怨念はおさまらず、方々で悪行を重ね、さらには、狩りの獲物を奪おうと待ち伏せして、黒津弥三郎を襲い、腕を切り落とされる始末。

≪※ 黒津家は彌彦大神の来臨に随従して、紀州熊野からこの地に移り、代々 鍛匠 ( たんしょう・鍛冶職 ) として神社に奉事した家柄であった。妙多羅天女は、黒津弥三郎の祖母、一説に母と伝わる≫


 その後も鬼と化した祖母の悪行はおさまらず、弥三郎の息子・弥次郎を攫おうとして失敗し、黒雲を呼び、風に乗って空高く飛び去りました。家人は、見る影もない浅ましい姿に慄きつつも行方を方々探索しましたが、老婆 ( 鬼 ) の行方は杳として分からなかったといいます。

( 一説には、佐渡の金北山・蒲原の古津・加賀の白山・越中の立山・信州の浅間山と諸国を巡って、悪行の限りを尽くし、「弥彦の鬼婆」と恐れられたという )


 それから八十年の歳月を経た保元元年(1156)、

 典海大僧正が、山の麓、大杉の根方に横たわっている老婆を見つけ、その異様な姿形に怪しく思いつつも話しかけたところ、この老婆こそ、弥三郎の祖母「弥彦の鬼婆」。

 典海大僧正は驚きつつも、老婆を諭し、善心に立ち返らせるべく秘密の印璽と共に「妙多羅天女」の称号を授け、説教しました。

 僧正の心からの説教に改心した老婆は 「この時より、神仏の道を護る天女となり、世の悪人を戒め、善人を守り、わけても幼き子らを守りましょう」 と御仏に誓願を立て、世の善男善女の為に神通力を使うと約束しました。

 その後の老婆は、この大杉の根元に居を定め、悪人が死ぬと、その死体や衣類を弥彦の大杉の枝にかけて世人の見せしめにしたと伝わり、この大杉を人々は「婆々杉」と呼んだといいます。この婆々杉は樹齢は千年を経て、宝光院裏山の麓に今も有り、昭和27年、県の天然記念物に指定されました。

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