奇談散歩【44】 恋衣地蔵
前回 ご紹介した観世寺の近くに「恋衣地蔵」があり、これは鬼婆に殺された恋衣という女を祀ったものと伝わり、この地蔵の由来として、「岩手」が人から鬼婆に化生した由来が語り継がれています。
昔々、都で公家屋敷に乳母として奉公し、姫様に仕える「岩手」という女がいました。
岩手の仕える姫様は、生来の病で口を聞くことができませんでした。
都の高名な医者が診てもどうすることもできず、五歳になっても喋りません。
忠義者の岩手は「孕み女の胎にいる赤子の生き胆が効く」という易者の言葉を信じ、生まれたばかりの自分の娘を国元において旅に出て、ついに安達ヶ原にたどりつき、岩屋を宿として、狙う孕み女と赤子を待ち続けました。
長の年月が過ぎた、ある日 ――
生駒之助・恋衣という若い夫婦連れが、岩手の宿を訪れます。
恋衣は身重で、急に産気づいたため生駒之助は薬を買いにでかけました。千載一遇の機会に、岩手は出刃包丁を手に恋衣を襲い、腹を裂き、赤子の生き胆を奪いました。瀕死の恋衣は「私は母を尋ねて歩いておりました。岩手という旅人に心当たりは ……」と訴えて息絶えました。
よもやと思った岩手が恋衣の身を検めると、懐から岩手が旅立つ際に娘に残したお守りが出てきました。岩手は自分の娘と孫を手にかけてしまったのです。
あまりの因果に岩手は物狂いとなり、
以来、通りかかる旅人を襲っては喰らう鬼婆と成り果てたといいます。
この伝説があったという神亀年間は平安遷都以前で、岩手が奉公していた時代に奉公先の屋敷があったという京の都は存在しておらず、
また、岩手という鬼女の名前は戯曲『岩手』に由来していると考えられるので、
この鬼婆誕生説話の成り立ちとしては「安達ヶ原の鬼婆」が先にあり、なぜ人を食らう鬼婆が生まれたのか? の原因として後から付け加えられたものと考えられています。




