奇談散歩【42】 花川戸の「姥ヶ池跡碑」
『 姥ヶ池跡碑 』
住所:東京都台東区花川戸 2 - 4
アクセス:東武線 浅草駅から徒歩4分 北めぐりんバス 二天門から徒歩2分
「昔々、娘に旅人を連れ込ませては、その頭を石枕で叩き殺し金品を奪っていた老婆がおり、ある夜、娘が旅人の身代わりになって死に、老婆は悪行を深く悔やんで池に身を投げた」という言い伝えにより、その池は「姥ヶ池」と呼ばれるようになりました。その碑と池が花川戸公園内に現在も残っています。
台東区「姥ヶ池跡碑」
今も台東区立花川戸公園の中に、東京都指定旧跡「姥ヶ池跡碑」と「姥ヶ池」があり、また「浅茅ヶ原の鬼婆」が旅人を殺害するために使用していた石枕は、浅草寺の子院・妙音院に秘蔵 ( 非公開 ) されています。
「浅茅ヶ原( あさぢがはら )の鬼婆」は、台東区花川戸の伝承で、浅草寺( 東京都台東区 )の観音菩薩に纏わる話として江戸時代以後、書籍や演芸・芝居などに取り上げられ、広く巷間に流布しました。
【 浅茅ヶ原の鬼婆・あらすじ 】
今は昔、用明天皇の御代。
武蔵国 花川戸周辺は「浅茅ヶ原」と呼ばれる原野で、ここには 陸奥国と下総国を結ぶ、唯一の小道がありましたが、この小道は宿もなく、日が暮れると真っ暗になる荒地の一本道でした。
他に民家もない「浅茅ヶ原」には一軒だけあばら家があり、宿もない この小道を行く旅人は、仕方なく、この あばら家に宿を乞うておりました。
また、夕暮れ時に旅人が家の前を通りかかると、美しい娘が家の中から「日も暮れてきたので、どうぞ家に泊まってください」と声をかけたといいます。
しかし、この親切な家に住む娘と老婆は、旅人の寝込みを襲って石枕で殺害し、亡骸は近くの池に投げ捨て、金品を奪って生計を立てている恐ろしい親子でした。
娘は母の非道を憂いて諫めておりましたが、老婆は娘の忠告に耳をかさず、非道な行いを続けていました。
こうして、手にかけた旅人が999人を数えた、 ある日 ――
ひとり旅の稚児がこの家に宿を借りました。
いつもの様にもてなし、稚児が寝入った後、老婆は寝床についた稚児の頭を石枕で叩き割りました。そして、稚児の懐をさぐろうと亡骸を仰向けにすると、それは稚児に変装した自分の娘でした。娘は、母の非道な行いを諫めるために、稚児の身代わりとなって布団に入っていたのです。
娘の亡骸を前に、老婆が自身の悪行の報いを悔いていると、先ほどの稚児が戻ってきました。実は、この稚児は浅草寺の観音菩薩の化身であり、老婆に人道を説くために稚児の姿で家を訪れていたのでした。
老婆の その後は、
観音菩薩の力で竜に変化した老婆が娘の亡骸とともに池へ消えたとも、
観音菩薩が娘の亡骸と共に消え、老婆は罪を悔いて池に入水したとも、
罪を悔いた老婆が仏門に入り、今まで手にかけた死者たちを弔ったとも、
伝わっています。
姥ヶ池は、隅田川に通じる大池で明治24年(1891)に埋め立てられました。
≪ 鬼婆が身を投げたとされる池は姥ヶ池( うばがいけ )と呼ばれてあり、現在も花川戸公園に残っている。池の大きさは、古くは隅田川に通じるほどの水をたたえた大きなものであったが、明治時代に宅地造成などのために大部分が埋め立てられており、かつての姿とはかけ離れたものとなっている。―― Wikipedia「浅茅ヶ原の鬼婆」より≫




