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奇談散歩【36】 血脈桜


所在地:北海道松前郡松前町松城303 光善寺境内

アクセス:JR海峡線木古内駅から松前ターミナル行きバスで約1時間40分、「松城」下車徒歩約10分。または函館から車で国道228号を約2時間-2時間30分。

開花時期:例年、4月下旬ごろに蕾が開き出し、5月上旬頃まで見頃のシーズンが続き、光善寺境内周辺で多くの桜を鑑賞できます。

樹 種 : マツマエハヤザキ


血脈桜けちみゃくざくらは、北海道渡島総合振興局管内松前郡松前町松城の光善寺境内に生育しているサクラの古木で、オオシマザクラに由来するサトザクラ群に属する栽培品種の「マツマエハヤザキ( 松前早咲、別名:ナデン( 南 殿 ) )の原木である。松前にソメイヨシノの桜前線が到達するとともに血脈桜が開花することから、栽培品種名が「マツマエハヤザキ」となった。血脈桜には桜の精と「血脈」証文にまつわる伝説があり、「血脈桜」という名称はその伝説にちなんだものである。Wikipediaより抜粋 』≫



 今から三百数十年前、松前城下の生符町(いげっぷ、現在の大磯)に住まいする、柳本伝八という鍛冶屋が息子に跡目を譲り、隠居の身の上となったので、娘の静江を伴って上方見物に出掛けました。


 江戸を巡り、伊勢神宮に参拝し、京の都・奈良を経て、親子は吉野山にたどり着きました。折良く吉野は桜の時期で、親子は山を彩る桜に魅せられ、暫らくの間、逗留することになり、宿近くの尼寺の若い庵主と懇意となりました。


 やがて親子は帰郷することになり、庵主は名残を惜しんで、餞別に一本の桜の苗木を親子に贈りました。松前に帰郷した親子は菩提寺である光善寺に苗木を寄進し、成長した桜は毎春、美しい花を咲かせ、人々に愛されるようになりました。


 その後、月日は流れ、美しい桜の巨木は松前の名物となっていましたが、光善寺十八世穏誉上人の時代に本堂改築の話が持ち上がり、支障となるこの桜を伐採することが相談の上決まりました。


 そして、伐採の前日 深夜に、美しい娘が上人の枕元に現れ「私は明日にも命を失う身の上でございます。哀れと思召して、どうか極楽浄土へ行けますように ※お血脈をお授け下さい」と懇願しました。

 深夜のこととて上人は「明日にして頂けまいか」と断ったものの、娘の熱心な様子に絆されて、血脈の証文を授けることにしました。


 翌朝、上人が切り倒す桜を見上げていると、枝先に何か白いものが結わえられています。近寄ってよく見ると、それは昨晩の娘に与えた「血脈」の証文でした。「なんと、昨晩の娘は桜の精であったか」と悟った上人は、桜を切り倒すのを取りやめて懇ろな供養を執り行い、本堂改築の縄張りも変更されました。

( ※ 法脈を示す系図で極楽への手形といわれる証文 )


 この「血脈桜」明治36年2月6日に光善寺が火災で焼失した時に幹が焼けましたが現在の姿に復活したそうです。




 光善寺境内には、高さ約8メートル、幹回り5.5メートル、樹齢300年以上とされる桜の古木「血脈桜」(けちみゃくざくら)「光善寺白八重桜」が あり、境内にも多くの桜が植栽されており、桜の名所として高名な素敵スポットです。

 特に有名な「血脈桜」は北前船とともにもたらされた日本海文化のひとつと考えられています。

 この血脈桜は松前を代表する桜品種の母樹で、接ぎ木などで松前早咲 ( マツマエハヤザキ ) が増殖され、浅利政俊により、これらマツマエハヤザキなどからベニユタカなどの100以上の栽培品種が生み出されました。

 また、1973年には北海道指定記念樹木に選ばれています。

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