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奇談散歩【31】 浅草 かっぱ大明神

かっぱ大明神 文化十一年( 一八十四年 )

新堀川( 現在の合羽橋道具街通り )の堀削工事に

私財を投じて尽力した合羽屋喜八が没し、

菩提寺である曹源寺に葬られました。

この辺の土地は低いうえ水捌けも悪かったため、

住民たちの難渋は見るに堪えなかったようです。

そこで喜八が工事をはじめたそうです。

その工事のおり、かつて喜八に命を助けられた

隅田川の河童が協力したといい、

この河童を見たものは不思議と商売が

繁昌したと伝えられています。

この河童大明神は、 商売繁昌・火水難除などに

霊験著しいといわれ、今も厚い信仰が寄せられています。

≪ 曹源寺:HPより ≫


 東京都台東区松が谷、かっぱ橋道具街沿いに建つ『曹源寺』。

 浅草かっぱ伝説発祥の寺で、かっぱ寺とも呼ばれています。

 天正16年( 1588年 )、江戸・和田倉門近くに創建され、天正19年( 1591年 )の江戸城拡張で湯島に移転。さらに明暦3年( 1657年 )の明暦の大火( 振袖火事 )で、現在地に移りました。


 当時、この付近一帯は水捌けが悪く、たびたび起こる水害に住民は悩まされていたため、文化年間( 1804年〜1818年 )、雨合羽の商人・合羽川太郎( 本名:合羽屋喜八 )が私財を投じて、新堀川の開削工事を施工しました。難工事でしたが、隅田川の河童達が()()な工事を手伝い、無事(ぶじ)竣工。この河童を見た人は運が開け、商売も繁盛した … とか、

 文化11年( 1814年 )合羽屋喜八が没し、菩提寺の曹源寺に葬られ、曹源寺は「かっぱ寺」と呼ばれるようになったと伝わり、後に、工事を手伝った河童たちは「河童大明神」として祀られ、商売繁昌、火水難除けなどに霊験があるとされています。


 境内には河童の像が多数安置され、河童の好きな胡瓜が常にお供えされています。河童大明神をお祀りした河童堂の天井には、多くの作家から寄進された河童絵が奉納されており、手塚治虫先生と水木しげる先生のかっぱ絵が見られる素敵スポットです。

 また、曹源寺には寄進された「河童の手のミイラ」も奉納されています。


住所:〒111-0036 東京都台東区松が谷3-7-2 合羽橋本通り商店街添

最寄駅:

JR上野駅 徒歩20分 地下鉄銀座線 稲荷町駅 徒歩12分

地下鉄 日比谷線 入谷駅 徒歩12分

つくばエクスプレス浅草駅A2出口 徒歩10分 ( 徒歩で一番近い駅 )


※ 堂内 ・「河童の手のミイラ」見学には事前予約が必要

 門前のかっぱ橋本通り ( かっぱ橋道具街沿い ) は、寛永寺の高僧が浅草寺に詣でる「御成道」として整備され、上野と浅草を結ぶ道として戦前は大いに賑わった通りでした。

 明治15年には上野〜浅草間の馬車鉄道も、このかっぱ橋本通りに開業しています ( 道具商・古物商の開店は大正時代から、大正10年に東京市電開通 )。

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