熊本主理が下女きくが亡魂事
さて、以前ご紹介した怪談「皿屋敷」、下女があらぬ嫌疑をかけられる、あるいは何らかの不手際で、責め殺され井戸に遺体を捨てられる。その後怪異が続き、無慈悲な主人は取り殺され家督は断絶する。
… という、報復する女性の怪談「皿屋敷」は全国各地に分布しています。
今日ご紹介する伝承に「皿」は出てきませんが「怪談・皿屋敷」の原型の一つ、
『諸国百物語』から「熊本主理が下女きくが亡魂事」
むかし、熊本主理という侍がいた。この男、いたって酷薄で、人遣いも悪かった。
主理は、ある日の食事時、飯椀に縫い針が入っていた為、下女・きくを厳しく問い詰めた。
きくは「食事の支度をする前に、縫い物をしており、その際、髪に縫い針を差したまま忘れていたので椀に針が落ちたのだろう、悪意や企みがあったわけでは無い」と、申し開きをし、許しを乞うた。
しかし、主理は納得せず「何らかの遺恨あってのことか、あるいは誰かの差し金か」と、きくを激しく詰問し、拷問を行った。何の企みも無いきくは、同じ言い訳を繰り返し許しを乞うたが、業を煮やした主理は、近在の百姓に三千匹の蛇を集めさせ、蛇を放した穴にきくを突き落として責め立てた。
きくは苦しみながらも、末期に母に合わせて欲しいと訴えた。この朋輩の様子を哀れに思った者が、母を穴まで連れてきた。
母は娘の有様に激しく慟哭し、
「武家にお仕えするからにはと、予てより覚悟はしていたが、このような惨い目に合おうとは思ってもみなかった。きくよ、死後は必ず怨霊となり、恨みをはらすように」
と、きくに伝えた。
母の言葉にきくは頷き、
「お母様、私は怨霊となって七代祟り、必ず御家を断絶させましょう、私が死んだら、胡麻を蒔いてください、三日の内に芽が出たら、私が怨霊になったと思召せ」
言い終えると、きくは舌を噛みきり自害した。
その後、母が蒔いた胡麻は、きくの言葉通り、三日の内に芽を出した。
そして、ほどなく、
主理のもとに、きくの怨霊が夜毎夜毎、現れるようになった。
数々の恨みごとを繰り返し、また参りますと言い残すと明け方に消える。
夜毎の怪異に主理は乱心し、これまでの悪行を譫言に繰り返し七日目に死んだ。
その後も家督相続の度に、きくの怨霊は熊本家に現れ、当主に祟りをなした。
そして四代目熊本主理が家督を継いだ時のこと、
とある夕刻、馬を引いた馬子が女に呼び止められた。行き先は二里先の熊本家の屋敷だったので、馬子は帰りが遅くなるのを嫌がり断った。しかし、女は馬賃百八文のところを百六十文出すと交渉したので、馬子は承諾した。屋敷に着くと、女は屋敷に入っていったきり、なかなか戻ってこない。金を払ってもらおうと、馬子は屋敷内の者に声を掛けた。しかし、そんな女はいないので払えないと断られ、門前で押し問答になってしまった。
払え、払えぬの押し問答の中、女の声が響いた『いつものきくが乗ってきたのだ、百六十文払え』すると、熊本家の家老が出てきて、馬子に馬賃を支払った。
その日から四代目は病の床に伏し、加持祈祷の甲斐もなく、七日目に死んでしまった。
その後も、家督相続の度にきくは現れ、新しく家督を継いだものに祟ったという。
「皿屋敷伝説」の元となる物語として、女中虐待伝説、紅皿欠皿のような継子いじめ譚、椀貸伝説、さらに更(地)伝承や井戸信仰などがあり、これらが、たがいに影響し結びついた後に文芸化して、近世の「皿屋敷伝説」が成立したと考えられており、原型としてプロット・モチーフが不完全な伝承も存在します。その中でも「皿屋敷伝説」に近接している伝承として有名なのが『諸国百物語』「熊本主理が下女きくが亡魂事」です。




