奇談散歩【14】 与次郎稲荷神社
与次郎稲荷神社
:山形県東根市四ツ家一丁目2−11
:秋田県秋田市千秋公園1-8
『与次郎狐伝説』を由緒に持つ同名の神社が、山形県東根市、秋田県秋田市の両市に一社ずつ鎮座しています。
秋田城主佐竹義宣に仕えた与次郎 ( 白 狐 ) が、この地で殺され、その霊をなぐさめるために建てられたという由緒を持つ神社、与次郎とお花の悲恋物語にまつわる神社でもあります。
関ヶ原の戦いで石田三成への恩義から中立を保った常陸の大名・佐竹義宣は、慶長7年(1602年)に常陸国から出羽秋田へ転封となりました。そこで義宣は久保田城 ( 秋田市 ) を築城し、 慶長9年8月(1604年9月)久保田城へ移ります。
お国入りの2・3日後、御座の間の庭に大きな白狐が現れ「自分は、この山に住む狐たちの長でございます。公が築城なされたことにより、狐たちは棲み家を失いました」「どうか、自分たちの住む土地を頂戴したい」と、義宣へ訴え出ました。
義宣はそれに応じて、城内の茶園のそばに住処を与え、白狐は恩義に報いるためと、飛脚に姿を変え「与次郎」と名乗り、義宣に仕える事にしました。与次郎は秋田と江戸を6日間で往復することが出来、飛脚として義宣に忠節を尽しました。しかし、定宿だった間右衛門宅( 東根市 )で何者かに殺されました。
殺害された理由については、いくつかのバリエーションがあり、仲間の飛脚が嫉妬心から … とも、※与次郎が秋田藩の隠密で、それに気づいた幕府に消された、とも伝わっています。
※与次郎は出羽国六田(東根市)の間右衛門の宿を定宿にしており、間右衛門の娘お花とは恋仲で、与次郎はお花に自分が白狐であることを明かしていました。
しかし、佐竹藩を監視する幕府隠密は幕府の動向を義宣に伝えている飛脚の存在に気が付き、間右衛門に金子をにぎらせ、暗殺を企てました。お花はこのたくらみを与次郎に告げ、与次郎は逃げることが出来ましたが、逃亡中、鼠の油揚げで油断して、ついに殺されてしまいました。お花は与次郎の遺体を葬って姿を消し、その後、六田では、気が触れて怪死する住人や変事、火事 …と災いが相次いで起こり、これを与次郎の祟りとして村人は恐れおののきました。
そして、幕府は「与次郎稲荷大明神」を祀ったといいます。
( お花さんが出てくるのは山形の伝承で、秋田では、お花という娘は登場せず祟りの恐ろしさが強調される内容となっているようです )
事の次第を聞いた佐竹義宣は大いに悲しみ、久保田城内に与次郎稲荷神社を建立。参勤交代の折には、この与次郎稲荷神社に代々の藩主が参拝したとされる。




