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奇談散歩【13】 お亀磯・お亀千軒


 四所神社「お亀磯・お亀千軒」

・徳島市営バス沖洲南海フェリー前行きに乗車し「福島明神前」バス停で下車、徒歩1分


≪ 昔、徳島市津田町の沖合に亀島と呼ばれる島が存在し、島内にある祠には二頭のシカが飾られていた。ここに毎日お参りに訪れていた老夫婦の夢に神様が現れ、「シカの目が赤くなったら島が沈むので、シカを連れて逃げなさい」と言った。この話を聞いた若者がいたずらでシカの目を赤く塗った為、老夫婦は急いでシカを船に乗せて逃げた。しかしその晩、本当に大津波が島を襲い島は沈んでしまった。その後、老夫婦は自分たちを救ってくれたのはシカのおかげだと思い、シカを神社に祀ったのが四所神社の起こりだと云われている。現在の徳島市津田町沖5キロにある暗礁・お亀磯がその名残だと伝えられています。 ≫ ー wiki『四所神社』より


 この「お亀磯 ( お亀千軒 )」の伝説には、もうひとつのバリエーションがあって、

 「四所神社」から東へ4㎞ほどの沖合に「お亀磯」と呼ばれる磯があり、ここには「お亀千軒」と呼ばれる1000軒ほどの民家が建つ小島があったが一夜にして沈んでしまった … と、伝わっています。

 伝説によると「お亀千軒」にはエビス様を祀る「蛭子神社」があり、神社の神鹿像の目が赤く染まると島は沈むと伝わっていました。ある時、その言い伝えを聞いた泥棒が神鹿の目をこっそり赤く塗り、島人は驚き、大慌てで島の外に逃げ出しました。泥棒は空き家になった家々に入り、とがめられることなく盗みを行っていましたが、盗み働き中に大地震が起こり、島は泥棒もろとも海中に沈んでしまいました。

… というもの、


「四所神社」の創建年は不明ですが、大同年間(806年~810年)に、この地に遷座し1200年以上の歴史があるといわれ、今も「福島の明神さん」として親しまれています。

 徳島城の東方鎮護として、徳島藩主・蜂須賀氏から代々崇敬され、参勤交代のときには藩主は必ず四所神社に参拝していました。また、神社が鎮座する渭東地区は「阿波水軍」と所縁(ゆかり)が深く、船大工が中心となって普請したという珍しい神社です。毎年10月26日・27日に行われる秋の例大祭には朱塗りの「船だんじり」が引き出され、御座船太鼓※ の勇壮な囃子が演奏されます。

※阿波水軍船団が入船・出船の際に打ち鳴らした勇み太鼓の名残といわれ、勇猛な阿波水軍を今に偲ぶ祭りとして有名です。



『勝浦郡志』に1594年の文禄地震で島が海中に沈没したと書かれており、また、1361年の正平地震の大津波による沈没という説も語られていて、いずれにしても、地震と津波で島と集落が海中に沈んだ事件がこの伝承の下敷きになっているのは確かなようです。

「お亀磯」の岩礁は1810年に伊能忠敬により測量され、『大日本沿海輿地全図』にも記載されていますが、残った岩礁は1854年の安政南海地震による沈降でほぼ完全に水没、現在では干潮の時でも4つの岩が海面上に確認できるのみとなっています ( 干出岩 )。島の跡は船が座礁しやすいポイントになっているので、喫水の深い船で近づかないように灯標が建てられ、安全航行を見守っています。


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