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魔法の「のの」おまけの話より

作者: みみつきうさぎ

◆ 登 場 人 物 ◆


■柊 のの

 過去の異国から逃げてきたアカザの杖を持つ魔法使いの少女。ある事件で多くの人命を奪ったことから、「蠅の王」より、その命を狙われている。

墨染雪子すみぞめ ゆきこ

  ののが初めてこの街で出会った心優しき少女。天然系100%。ののが助けた犬のチコがペット

餅草月美もちぐさ つきみ

  雪子の親友。バドミントン部に所属する活発な少女


第一話「春~雪解雨」


 冷たい雨が、小さい雪となって冬を迎え、大きい雪があたたかな雨になって、また新しい季節を迎える。

早池峰山の女神の笑顔は、お米のとぎ汁のような霞の向こうに隠れているが、頭上の空だけは薄雲のカーテンを透かした水色。

雪解け水がだいぶ減った夏油川の岸辺では雁の群れが、とうに友人の白鳥たちが北へ向かったことも忘れ、いつものように井戸端会議を開き、たわいないおしゃべりに興じている。


「春の風は、ほぅいほぅいと遠い海から川を伝って上ってくるのだ、だからのぅ、のの殿、最初に可憐な花を見たかったら、土手を歩いてみるが良い」


 鬼剣舞の剣兵衛さんが教えてくれたことは本当だと、ののは思った。

 夏油川にかかる橋に立つののの耳たぶを、着いたばかりのそよ風が触れては逃げていく。ののは、くすぐったくて、ほんの少しだけ目を閉じた。

 コンクリート製の橋を境に、上流の川筋はくねり、流れも少しだけ急になる。その傍らの岸辺はクヌギや柳といった雑木林が広がっている。

 まぶたを開けたののは、細い幹の間をくぐり抜けるようにして遊ぶ、一人の少女の姿を見とめた。

春陽の中、若草の絨毯の上を嬉しそうにスキップするその姿を見て、自然と自分の頬もゆるんでいることにののは気付いた。

 髪に揺れる青いリボンがとても似合っているとののは思った。

 少女はしきりに誰かと話をしている。ふと、親の姿がないことにののは気が付き、辺りを探したが近くには誰もいない。

 また、風がののの少しはねた後ろ髪を滑らすようにしてなでる。

 林に目を戻すと、少女の姿はなく、黄色い羽が自慢のマヒワの家族が枝の上をピョンピョンと跳ねながら、歌を競い合っていた。


「私たちと違ってののちゃんが見間違えるなんて珍しいね」

「私たちと違うってとこは余計だな、春は昼間っから眠くなるもんな、のの、雪みたいにぼけっと夢見ていたんだろ」

「雪みたいにのところが余計よ」

 明くる日、学校の廊下で、そこであった出来事を雪子と月美に話しても二人は明るく否定した。

それから何度か同じ場所を歩いてもその少女の姿を見ることはなかった。


 この町の農家の家々にはどの庭にも桜や梅が植えられている。何代にもわたって居する人々にとって、その木々一本一本を家族のようにとても愛でている。

 学校からの帰り道、垣根越しに見える白い花びらが、今日は小糠雨で濡れていた。

 ゆるやかな坂道を上った先の夏油川の橋のたもとへ、ののが差し掛かると、少し色のさめた青いショールをはおった老婆が河川敷の林に傘もささずに立っていた。

 ののは、何か一人で捜し物でもしているのではないかと心配になり、だいじにしていた革靴が汚れるのも気にせず土手を急いで駆け下りた。

 老婆は不安げな顔をして近付くののを見て、軽く微笑み、何かあったのかと、ののが言おうと思っていた言葉を先にかけてきた。

 ののが心配するようなことではないと老婆は首を振り、この優しい雨を慈しんでいたと答えた。ののは自分のさしていた傘を老婆に渡そうとしたが、老婆はかえってお前が風邪をひいてしまうと言って、丁寧に差し戻した。

 そして、兎森山の動物たちのことや、この夏油川のせせらぎや小鳥のさえずりが何よりも素晴らしい歌であること、今年もこの場所で春を迎えることができたことを、感謝の言葉を交えながらそれは嬉しそうに何度も何度も、ののに語って聞かせた。

 その言葉を聞きながら、ののは早く老婆を家族のもとへ連れて行かなければと思っている。


「しんぺぇしてくれてぇ、おもさげながんす」


 最後に老婆はそう言って、ののに何かを手渡し、両手を包みこむようにして優しく握った。

 夏油川の下流からこの前よりもずっとずっとあたたかな風が一迅吹き上がった。

 驚いたことに、たった今までののの目の前に立っていた老婆の姿は消えていた。

 低い雲が風に飛ばされ、前塚見山がおかしげな山容を見せる。

 ののは自分の手をそっと開いてみた。

 そこには数粒の小さなカタクリの種

 ふと目をやった足下には、役目を終え枯れた草花の隣で、初夏に花を咲かせる鷺草がこっそりと小さい芽を覗かせていた。



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