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探し物は忍者と共に

 熱く照り付ける夏の太陽、それは都会でも田舎でも変わらない。

 そんなうだるような暑さの中で、ひとり心ときめかせる少年の姿。

 高校生の矢野清太郎(やのせいたろう)は夏休みを利用し、祖父母の暮らす田舎へと家族で遊びに来ていた。


「やあ、清ちゃん。よく来たねえ」

「ばあちゃん、久しぶり」


 都会の喧騒を離れたのどかな田舎町、といっても高校生である清太郎にはそれほど面白い場所でもない。

 だからといってスマホをいじったりするわけでもない。

 清太郎には彼なりの目的があったのだ。


「……何だろう、これ?」


 祖父母の家に上がり、荷物を置いた時、清太郎は部屋の片隅に何かを見つけた。

 それはきちんと畳まれた服、どこかの制服のようだ。


「ばあちゃん、あれって制服? 誰か来てるの?」

「ああ、あれは小判ちゃんの制服だよ。覚えてないかい? 影中さんとこの小判ちゃん。ちっちゃいころに遊んだことがあっただろう?」


 影中小判(かげなかこばん)……?

 清太郎にはその名前に覚えは無かった。

 頭をひねって思い出そうとするがやはり思い当たらない。


「まあ、本当に昔だからね、覚えてなくても仕方ないよ。あの子も夏休みでここに来たいっていうから、その間預かる事になったんだ。親戚なんだし、仲良くしてあげてね」

「あ、ああ、わかったよ」


 どんな子かは知らないが、親戚の子が来ているらしい。

 とりあえず今は出かけているようだし、清太郎にとっても大したことではなかった。


「じゃあ、ちょっと出かけてくるね」


 そう言うと清太郎は家を飛び出していった。

 彼自身の目的のために。


 祖父母の家から少し離れた所にある神社、ここが清太郎の目的の場所だ。

 ふと、神社の石階段を上る最中に誰かとすれ違った。

 その人影に少し違和感を覚えたものの、清太郎は気にせず神社へと急ぐ。


「あら、清太郎くんじゃない。久しぶりだね」

「こ、こんにちは、晴姉ちゃん」


 神社を掃除する巫女装束の女性、天道晴美(てんどうはるみ)

 彼女こそ、清太郎が夏休みにこの田舎町までやってきた最大の理由だ。

 黒く美しい髪、整った顔立ち、魅力溢れる体。

 幼いころから遊んでもらっていたこの少し年上のお姉さんの事が、清太郎はたまらなく好きだった。


「そっか、もう夏休みだもんね。ふふ、けっこう男らしくなってきたんじゃない?」

「そ、そう、かな? へへ」


 晴美は大学には行かず、実家の神社を手伝っている。

 清太郎は17歳、晴美は22歳。

 幼いころから面倒を見ていたこともあり、よく見知った五つ下の少年を男としては見ていない、清太郎もその事は十分に承知していた。

 承知していた上で、この夏休みの間になんとか距離を縮めようと考えていたのだ。


「清太郎くん、彼女くらいできた? 私はけっこうイケメンだと思うんだけどな」

「いや! そんな! めっそうもない!」


 実際の所、清太郎は学校内でもわりと顔は良いほうだった。

 しかし本人が否定するとおり彼女はいない。

 それは心に決めた人がいる事と、もうひとつ彼自身の問題があったからだ。


(イケメン……? 晴姉も俺の事をイケメンだと思っている!?)


 清太郎の視線は晴美に釘付けになった。

 巫女装束、そしてそれに隠しきれないスタイルの良さ。

 男で惚れない奴はいない、そんな晴美が自分の事を好きだと思っている。

 などと清太郎の妄想は今にも爆発しそうだった。


「おーい、どうした少年。ぼんやりしちゃって」

「……はっ! いや、なんでも」


 目の前で手を振る晴美に気が付き、清太郎は正気に戻った。

 清太郎はイケメンではあったが、スケベで激しく妄想する癖がある割には奥手で、そのため女子の人気はいまひとつなのだ。


「そういう晴姉ちゃんこそ、彼氏いるんじゃないの?」


 勢いで質問してしまったが、急に怖くなり後悔した。

 もしこれで「いるよ」なんて言われたら、この先の夏休みは全て地獄と化す。

 背筋を冷たい汗が流れた。


「はは、いないよ。こんな田舎で神社やってるんだもの、出会いなんて無いわ」


 表情には出さなかったが、清太郎は砂漠でオアシスを見つけたほどの安堵を感じていた。

 それと同時にムラムラと勇気が湧いてくる。


「じ、じゃあさ、俺と、つ……」

「ん?」

「つ、漬け物樽が多いね、どうしたの?」


 晴美の顔を正面から見て、湧いた勇気は一瞬で消し飛び変な事を口走ってしまった。


「おばあちゃんがいろいろ漬けてるのよ。そういえば小判ちゃんも来てるんだっけ? 良かったら後で矢野さんの家に持っていくから、食べてみてね」

「うん、ありがとう」


 顔で笑って心で泣いて。

 清太郎の心の中はどしゃ降りだった。


 その時、奥のほうで何やら騒いでいる声に気が付いた。

 見ると神社の宮司、つまり晴美の父親と数人の老人たち、さらに駐在の警察官の姿までがあり、何やら言い合っている様子が確認できた。


「揉めてるみたいだけど、何かあったの?」


 清太郎は向きなおって晴美に聞いてみる。


「ああ、アレね。お父さんが「ご神体が盗まれた~」って言って騒いでるのよ。私はただの勘違いだと思うんだけどね」


 それを聞いた清太郎の心に火が灯った。

 これは憧れの女性に良いところを見せる絶好のチャンスではないか!

 そう思った清太郎の体はすでに駆け出していた。


「晴姉ちゃん! 俺がそのご神体、見つけ出してやるよ!」

「え? ちょっと、清太郎くん!」


 晴美が何か言おうとするのも気に留めず、清太郎は勢いよく神社の階段を下りて行った。

 若さと欲望に溢れる彼を止められるものなどないのだろう。



 ***



 ある程度走ったところで、清太郎は大事な事に気が付き足を止めた。


「あれ……、そういえばご神体って何だ?」


 清太郎が知らないのも無理はなかった。

 ご神体とは神社の本殿に祀られている大切なもの、一般人が目にすることはほとんど無い。

 しかし、格好つけて飛び出してきた手前、また戻ってどんなものか聞くなどという事は、今の清太郎には絶対に出来ない事だった。


「なんてこった、知らない物をどうやって探せばいいんだ……?」


 道端にある木にもたれかかり頭を抱えた。

 もっとも、そんな事をしても一向にいいアイデアは思い浮かばない。


「おい」


 そんな時、誰かに声をかけられた。

 だが周囲を見回しても誰もいない。


「お前が、矢野清太郎か?」


 再び声が聞こえた、上からだ。

 もたれかかっていた木を見上げると、そこには一人の少女が立っていた。


「おおっ!?」


 清太郎は思わず声を出した。

 高い所にスカート姿の少女が立っていれば、意図せずとも見えてしまう。

 そう、これは事故だった。


「ぎゃっ!」


 しかしそれは相手の取り方次第。

 清太郎は頭に強い衝撃を感じて思わずうずくまってしまった。

 少女はその間に目の前へと下りてきている。


「何回も言わせるな、お前が矢野清太郎かと聞いているのでござる」


 ござる?

 清太郎は一瞬戸惑ったが、とりあえず答えておくことにした。


「ああ、そうだよ。俺が矢野清太郎だ」

「そうか、お前か。拙者の事は祖母から聞いているだろう、名は影中小判だ」


 影中小判……。

 そう、確かにばあちゃんがそう言っていた。


「それじゃあ、お前が親戚の……」


 そこまで言いかけて言葉が止まった。

 そういえばさっき神社の階段ですれ違った人影、あれもこの子だったと思う。

 そしてその時に感じた違和感の答えが今はっきりと出た。

 夏らしいTシャツとスカート、それはいい。

 問題は顔につけた大きな医療用マスクと、夏場にはありえない首に巻いたマフラーだ。


「え、何、風邪ひいてんの?」


 その姿を見れば清太郎でなくとも十人中九人はそう言うだろう。


「違う! これは忍としての心構えのひとつだ。まったく、説明しなくてもわかる奴はいないのでござるか」


 少女の方も言われ慣れている様子だ、『忍』というのがちょっとわからないけど。

 時代劇にでもドはまりしているのだろうか。

 改めて見てみると、細身で締まった体は運動部のように見える。

 そう長くもない髪を無理矢理サイドテールに束ねているのが幼さを感じさせるが、年はいくつなのだろうか。

 そう思って清太郎は少女との会話を再開した。


「えっと、じゃあお前が『親戚の小判ちゃん』なのか。よく覚えてないんだけど、何歳だっけ」

「ふふん、拙者はお前の事を知っているぞ。お前は17、拙者は16だ、ひとつしか違わないからな、あまり大きな顔をするんじゃないでござるよ」


 おかしな格好の少女がおかしな口調でおかしな事を言ってきた。

 マスクのせいで顔もよくわからないし、できれば関わりたくない。

 素直にそう思った清太郎はそそくさと立ち去ろうとする。


「見ていたぞ。お前、あの晴美という女にいいところ見せようとしてるんじゃないのか?」

「なっ……!」


 清太郎は思わず顔が熱くなった。

 この少女に事情を知られているのだろうか、張り切って飛び出したにも関わらず、当てがなく困っていた事も。


「実を言うと、拙者もご神体の宝鏡を探しているのでござる。どうだ、目的が同じなら手を組まないか?」

「ほうきょう……」


 語感に思わず少女の胸元へと視線をやってしまった。

 その結果、清太郎はまたしても激しい痛みに悶える羽目になったのは言うまでもない。


「どこを見ている。『宝鏡』だ、カ・ガ・ミ!」

「ああ、宝鏡ね。でも、どうしてお前がそんなものを探してるんだ」

「拙者はこれでもジャーナリスト志望でね。まずはこういった田舎町の小さな事件でも追ってみようかと思ったのだ」

「ジャーナリストねえ。とてもそうは見えないけど……まあいいか」


 当てがなかったのは事実だし、ここまでの会話でご神体は鏡らしいという事はわかった。

 人手があったほうがいいのも事実だったので、清太郎はこのおかしな少女と手を組んでみる事に決めた。


「よろしく、えーと、影中さん?」

「小判でいい、こっちも清太郎と呼ぶからな。それじゃあさっそく調査に赴くとするでござるよ!」


 そう言うと少女、小判が清太郎の手を掴んで引っ張るので、清太郎はそのまま付いて行く事にした。



 ***



 おかしな少女に連れられ、清太郎は図書館にいた。

 田舎ながらエアコンの利いた安らぎの場所である事には変わりない。

 炎天下を歩かされた体を冷やすのにはちょうど良かった。


「……ふぅ」


 そしてそれは小判もまた同じらしい。

 この暑いのにマフラーなんか巻いているものだから、図書館に入るなり両手でマフラーを緩めて涼んでいる。


「!!」


 清太郎は「そんなに暑いならマフラーを取ればいいのに」と言うつもりだった。

 そのつもりで近付いたのだが、マフラーと一緒に引っ張られたシャツの胸元が気になり、言うつもりだった言葉が消し飛んでしまっていた。

 慌てて横を向き、呼吸を整える。


「おい、何をしている。これを見るでござる」


 小判の声に清太郎は再び驚いた。

 先ほどの光景と相まって、「これを見ろ」という言葉に過剰に反応したのは言うまでもない。

 勢いよく振り返った清太郎の表情に、小判が冷たい視線を送っているのがその証拠だ。


「なんて顔をしてるんだ……。ほら、これ、この写真」

「あ、ああ。これ、新聞記事か?」


 いつの間にか小判が新聞のようなものを持ってきていた。

 かなり古い、何十年と前の記事らしい。


「ここに写っている鏡が、拙者の探している鏡でござる」


 小判の指さす写真は、どうやらあの神社を撮ったものらしい。

 隅っこではあるが、確かに鏡のようなものが写りこんでいる。

『対の鏡のうち小』とある、手のひらサイズの小さな鏡のようだ。


「なるほど、これが宝鏡なのか」

「うむ、形は確認できたな? それでは聞き込みに行くでござる、捜査の基本は聞き込みだからな!」


 どうやら図書館には物の形を確認させるために来たらしい。

 清太郎は念のため写真をスマホで撮影してから図書館を出た。


「あれ、小判?」


 図書館を出るが小判がついて来ていない。

 振り返ると、小判が図書館の出入り口付近で深呼吸しているのが見えた。

 やはりマフラーが暑いらしく、写真の確認ついでに涼みにも来ていたようだ。


「……ふう、待たせたな清太郎」


 少し経ってから小判が外に出てきた。


「ほれ」


 清太郎はすかさず自販機で買った冷たい飲み物を差し出す。


「そんなもの巻いてるから暑いだろ、水分はしっかり取らないとな」


 清太郎の行動が予想外だったのか、小判は驚いたような目で一瞬固まっていた。


「あ、ああ、ありがとう……」


 清太郎にとって、この行動は気の利く男を演じたわけではなく、純粋に彼本来の優しさゆえの行動だった。

 だが、同時に下心が無かったわけではない。

 なぜなら飲み物は渡しても、先ほどの光景を期待し、マフラーを取ったらどうかとは提案しなかったのだから。

 そういったところも清太郎のモテない理由のひとつだった。


 ついでに、清太郎にとっても予想外だったことがふたつある。

 ひとつは、渡されたジュースを小判がどうやって飲むのかと思っていたら、普通にマスクを外して飲んだこと。

 もうひとつは、今まで目しか見えなかった小判の顔が、思いのほかかわいらしかった事だ。


「……はっ! しまった、忍は人からもらったものを口にしてはいけないのだったぁ!」


 しかし、こうやって妙な事で騒いでいるのを見ると、かわいくはあるが恋愛感情まで行くかどうかは微妙な所であった。



 ***



「小判って変わった名前だよね」


 聞き込みの最中、あまり成果がなく暇だったので、清太郎は雑談でもと思い話しかけた。


「そうでもないぞ。兄者は大判(おおばん)だし父上は宝船(ほうせん)だ、普通の名前だと思うでござるよ」


 小判はそれが当たり前だというように答えたが、清太郎にはやはり変わっているとしか思えなかった。

 しかも『兄者』に『父上』という単語が入っている、今まで生きてきた中で、たまたま見た時代劇の中でくらいしか聞いたことがないものだ。


「……なあ、家ってどこなんだ? 親戚らしいけど、俺覚えてなくてさ」

「近いぞ、走って二日くらいでござるよ」


 その『走って』は徒歩なのか車なのか。

 車だとしたら二日は遠すぎる、徒歩だとしても近くは無い。

 清太郎は少し混乱して頭を押さえた。


「誰か捕まえてー!」


 その時、誰かの叫び声が聞こえた。


「な、何? ドロボウ!?」

「落ち着け、アレでござる」


 事件かと思い取り乱す清太郎と冷静な小判。

 そして小判の指さす先には走っていく犬の姿。


「なんだ……犬が逃げたのか」


 清太郎がホッとしていると、小判が犬めがけて何かを投げた。

 それはまさしく忍者が持つような、先端に分銅のついた長い鎖だ。


「お前、何やって……!?」


 分銅が犬に命中するかと思った瞬間、清太郎の目に不思議な光景が映った。

 投げられた鎖がまるで生き物のようにぐるぐると巻き付き、ケガをさせることなく犬を捕縛してしまったのだ。


「まあ、ありがとうお嬢さん。凄い技を持ってるのね」

「これくらいは当然でござるよ」


 飼い主らしきおばさんが犬を抱え、小判と何かを話した後、礼をして去っていった。

 清太郎はといえばまだ驚きで立ち尽くしている。


「今の……何?」


 不思議に思ったから聞いてみる、当然の事だ。

 細かい事はいろいろあるが、とりあえず漠然と聞いてみた。


「これは鎖分銅、そして縄術でござる。忍なれば当然の事でござるよ」


 忍者にハマり過ぎだろう、と清太郎は思った。

 同時に、先ほどの鎖の動きを見て、本物の忍者かもしれないという考えが頭をよぎる。


「じゃあ、やっぱり手裏剣とか持ってるの?」

「そんな危ない物、持ち歩いているわけないだろう。銃刀法を知らないのでござるか」

「……じゃあ、火遁とか火を起こしたりはできるのかよ」

「それはできる……とも言えるし、できないとも言える。忍法は科学だから準備がいる、忍法でなければできるけど、それはまた別の話でござる。そもそも遁術というのは……」


 小判の話が清太郎にはよく理解できなかった。

 だいたい薄着でどこにそんな長い鎖を持ち歩いていたのかなど疑問は尽きないが、これ以上は不毛な気がして質問するのをやめた。


「そんな事より宝鏡! ここまでの聞き込みで得た情報からするに、拙者はあの晴美とかいう女が怪しいと思うでござる!」


 突然の小判の言葉に、清太郎は耳を疑った。

 よりにもよって憧れの晴美、しかも神社の巫女である彼女を疑うなど考えられない。


「な、何でそう思うんだよ!」

「お前は聞き流していたが、神社について尋ねた時に、晴美が時折ひとりで出ていくのを目撃したという証言が取れた。明らかに怪しいでござろう」

「そりゃあ、誰だって出かける事くらいあるだろ。それに、時折なら今回の事件と関係ないんじゃないか?」


 清太郎の指摘に小判は少し怯んだ様子を見せた。


「う……、だって他にそれっぽい手がかりとか無かったし……」


 途中から小声でよく聞き取れなかった。


「そういえば、晴姉ちゃんはご神体が無くなったのは勘違いかもしれないって言ってたっけ……。そうだなあ、一度神社に戻ってみるのもいいかもしれない」


 しかし、清太郎の提案に小判は乗り気ではなかった。


「待て、あそこはすでに隅々まで調べた、鏡らしきものは無い。それこそ、あの女がどこかに隠しでもしていなければな」

「まだそんな事を……」


 適当な推理はともかく、それで晴美を疑うという事が清太郎には気に入らない。

 そんな清太郎を察してか、小判はとっておきの言葉を放つ。


「お前、「ご神体を見つけてくる」なんて勢いよく飛び出しておいて、このまま手ぶらで帰れるのでござるか? やれやれ、かっこ悪いでござるなあ」

「ぐっ」


 確かに、ご神体が何なのかも知らずに飛び出していった事は認める。

 だが、調査のためだと言えば神社に戻るくらいは大丈夫なのではないだろうか。

 清太郎の心は葛藤していた。


「まあ、ここは拙者に任せるでござる。いい考えがあるのだ、今日の所は引き上げでござるよ」

「いい考え? どんな?」


 その質問に、小判はニヤニヤと笑うばかりで答えてはくれなかった。

 気付けばもう夕方、結局一日中歩き回って成果は何もない。

 疲れもあり、清太郎は今日の捜査を打ち切ることに同意した。



 ***



「おい、清太郎、起きろ」

「んが」


 声と共に体を揺さぶられ、清太郎は目を覚ました。

 周囲はまだ暗い、早朝というかまだ夜の範囲だ。


「神社に行くぞ、あの女を見張るでござるよ」


 清太郎を起こした声の主は小判だった。

 昨日とはうって変わり、暗い色のクラシックなワンピースを着ている。

 どうやら部屋の隅に置いてあったあの制服を着ているようだ。


「ああ、似合ってるよそれ……」

「ななな、何を言う。別にお前に見せるために着たわけではない、この方が都合がいいから……」

「……ぐう」


 小判の慌てぶりに対し、清太郎はただ寝ぼけていただけだった。

 少し経ってから小判はその事に気が付いたらしく、清太郎は文字通り目の覚める一撃を食らう羽目になる。


「いたた……、何なんだよ一体」

「寝ぼけるな。お前も早く準備しろ、神社へ行くでござる」


 そういえばさっき「あの女を見張る」とか言っていた気がする。

 こんな暗いうちから晴美を見張るのが小判の言う『いい考え』なのだろうか。

 などと思いながら、清太郎は不満そうな顔で着替えた。


「ところで、その服はやっぱり制服なの? セーラー服じゃないんだね。どこの制服?」

「外国の学校だ、聞いてもわからないでござるよ」


 セーラー服でもブレザーでもない珍しい制服が気になっていたが、外国の学校だったとは。

 清太郎は驚きを隠せなかった。

 なぜならこんな格好でこんな喋り方をする少女が海外留学しているなんて思いもしなかったから。


「へえー、海外留学かあ。思ったより優秀だったんだなあ」

「思ったより、は余計だ! もう、さっさと行くぞ!」


 清太郎に悪気は無かったが、小判は機嫌が悪そうだ。

 これ以上怒らせないうちに出かけたほうがいいだろう、清太郎は急いで着替え、小判と共に神社へと向かった。


 周囲はまだ薄暗く、朝の早い農家ですらまだ出てきてはいない。

 こんな時間に隠れて神社を見張る事に何の意味があるのだろう、そんな事を考えながら清太郎は睡魔と必死に戦っている。


「……やはりな、出てきたか」

「ん?」


 小判が何かを見つけたらしい。

 その声で清太郎も目を覚まし見てみると、その先には晴美の姿があった。


「晴姉? こんな時間に何を……」

「言ったとおりでござろう? やはりあの女は何かを隠している」


 小判は嬉しそうだったが、清太郎には勘が当たってはしゃいでいるようにしか見えない。


「何が言ったとおりだよ、たまたま偶然なだけだろう。晴姉だってたまたま用があるだけかもしれないし」

「だから後を付けてみるのだろう、いい加減にお前も――」


 その時、車の走り去る音が聞こえた。

 小判と言い争っている間に晴美は車で出て行ってしまったらしい。


「あっ! しまった!」

「車かあ、歩いて行く距離じゃないのか。でもこれじゃあ追いかけられないな」


 当然、清太郎は免許など持っていない、年下の小判は言わずもがなだろう。

 もっとも、免許があったところで車も無いのだが。


「……仕方がない、あれを借りるでござる」

「あれ……って、何だ?」


 神社に自転車でも置いてあったのだろうか? だがそんなものに乗ったところで車には追い付けないだろう。

 そう考えていた清太郎だったが、小判が手にしたものは意外なものだった。

 いつも晴美が掃除に使っている箒だ。

 小判は箒にまたがると、後ろに乗るよう清太郎に促した。


「ほら、見失うぞ。早く乗るでござる」

「……」


 忍者の次は魔女か。

 正直言って清太郎は呆れて言葉が出なかった。

 しかし、その絶句はだんだんと意味を変えていく。


「……!?」


 小判の足元が浮いている。

 目の錯覚ではない、確かに少しだけ宙に浮いているのだ。


「早くしろ、置いていくぞ!」

「わ、わかった」


 急かされ、慌てて箒の後ろに乗った。

 それと同時に二人を乗せた箒は宙へと浮かび、晴美の車を追いかけるべく空を滑る。

 子供の頃に遊びでやった事はあるが、まさか本当に箒で空を飛ぶとは思わなかった。

 いろいろと思う所はあったが、女子の腰に手を回しているという状況が大きく、清太郎の正常な思考を働かせるまでに少しの時間を要した。


「これも……忍法?」

「そんなわけあるか。忍法は科学だと言っただろう、どう見ても魔法でござるよ」


 あいにく魔法を見た事が無かったので、どう見てもと言われても何とも言えない。


「……なあ、お前、何者なんだ」


 深呼吸してから清太郎が話を切り出す。

 今、清太郎が知りたい事はこの質問の答えに集約されている気がした。


「別に、隠しているわけじゃないから答えるがね。拙者は忍であり魔女だ。さっき聞いてもわからない学校だと言ったが、そこは魔法学校なのだ。どちらも見習いではあるけど……でござる」


 その答えを聞き、清太郎はキャラ盛り過ぎだろうと思った。

 箒で空を飛んでいるという現実を含め、十分に衝撃的ではあったが、清太郎の聞きたい事は少し違っていた。


「いや、そうじゃない。お前はいったいどこから何しに来たのかって聞いたんだ」

「ふん、魔法を使うような人間は信用できないか? お前たちが知らないだけで魔法学校は普通に存在し、毎年各国から新入生が来る。自分が知らないからと言って――」

「だから、そうじゃないって」


 言葉を遮る清太郎の強い態度に、小判は途中で口を閉じた。


「お前、『親戚の小判ちゃん』じゃないだろ。最初に会った時、お前は俺に「お前の事は知っている」と言った。幼馴染なら「覚えている」と言うべきじゃないか?」

「い、言い方くらいどうとでもなるだろう」


 少し焦った様子の小判。

 その言い訳を聞き流し、清太郎は言葉を続ける。


「晴姉のことも「あの女」とか言って、知り合いって感じじゃないよな。晴姉がこの町にいなかったのは高校の頃だけだし、幼馴染で知らない奴はいないと思うんだけど。というか、晴姉はお前の事を知ってるみたいだったしな」

「うぐ……そ、そんな事言ったでござるか?」


 確かに、証拠はないし偶然かもしれない。

 だが、清太郎はさらに言葉を続けた。


「それから、お前はジャーナリスト志望だから事件を追っているって言ってたよな」

「ああ、何か問題でも?」

「それにしては神社を隅々まで調べたり、ちょっと宝鏡にこだわりすぎじゃないか? 事件なんかよりも鏡自体が目的みたいじゃないか」

「……」


 偶然も複数重ねれば疑う理由くらいにはなる。

 小判は何か考えている様子だったが、大きく息を吐き出すと、マスクに隠れた口を開いた。


「お前の祖父母に拙者は親戚だと聞いたのだろう? なぜ疑う」

「別に、バアちゃんたちを疑うわけじゃないけど、どうも引っ掛かってたんだ。そしたら今、魔法なんてものが存在するとわかった。じゃあバアちゃんにそう思い込ませることもできるんじゃないかと思ってね」


 フフッと、笑い声のようなものが清太郎の耳に聞こえてきた。

 見ると、小判がマスクを下にずらし清太郎の方を見ている。


「いざという時に役に立つかと思ったが、拙者の考えるより勘のいい奴だったようだな。その通り、拙者は親戚などではない」

「やっぱり、バアちゃんたちに魔法を?」

「ああ、拙者の事を疑わないようにする魔法をかけた。だがお前のように真相を知られてしまっては意味がないからな、記憶を消す魔法を習っておけばよかったでござるよ」


 記憶を消す魔法は使えない、と聞いて清太郎はホッとした。

 いろいろ良いものも見ていたから。

 理由としてはその程度だったが。


「でも、なんでそこまでして鏡を探してるんだ?」

「あの宝鏡は大昔に忍の里から持ち出されたものだ。夏休みに帰省したら取り戻すよう任務を受けたんでござる……遊びたかったのに」

「はは、そりゃ災難だったな」


 ふと、清太郎は気が付いた。

 もしこの先、宝鏡が見つかったとして、それをどうしたらいいのだろう。

 小判は里に持ち帰ろうとするだろうし、神社としてはご神体を持っていかれるわけにはいかない。

 小判の苦労にも報いてやりたいが、そうなれば晴美に迷惑がかかる。

 清太郎の心は今までになく悩んでいた。


「いかん、喋っていたら車を見失いそうだ。加速するぞ、しっかりつかまれ!」

「え、うわっ!」


 どうするか悩んでいた所にこの急加速、意図など決してしていなかった。


「いひゃん!」


 おかしくもかわいい声を上げる小判。

 しっかり掴まった清太郎の手がどこに当たったかは明白だった。

 その結果、鎖で蓑虫状に吊るされたとしても、清太郎は少しだけ幸せを感じていた。



 ***



 箒から降り、停まっている晴美の車へと近付く二人。

 車内には誰もいない、晴美は近くの山道を登って行ったようだ。


「ここを登っていったのでござるか……、この先に鏡が?」

「ずいぶん人気のない山だな。晴姉ったら何の用でこんな所に?」


 何にせよ、追いかけてみない事には何もわからない。

 清太郎と小判は晴美が登って行ったであろう細い山道を進む。


「なんだろう、水の音が聞こえるような」


 しばらく進むと、どこからか水の音が聞こえてきた。

 正確に言えば水の落ちる音、すなわち滝がこの先にあるのだろう。

 音につられるように進んでいくと、前を進んでいた小判が突然叫んだ。


「うわっ! 見るな、スケベ男!」

「ぎゃっ!」


 意図しないタイミングで強烈な一撃を食らい、清太郎は尻餅をついた。

 いきなりの暴力と誹謗中傷、断じて納得できるものではない。

 清太郎は痛む顔を押さえながらヨロヨロと立ち上がり小判に詰め寄る。


「お前、いきなり何するんだ!」

「いいから騒ぐな、見つかるから! そのまま座っているでござる!」


 お互いに譲る気は無く、その場でもみ合いになった。

 当然ながら静かな山道にその声は響き渡り、見つかるなというほうが間違っているというもの。


「あれ、誰かと思えば清太郎くんと小判ちゃんじゃない。こんな所で何やってるの?」


 二人は先に山に入っていた晴美に思いきり見つかってしまった。

 しかも、衝撃的な事が同時に発生した。


「晴姉こそどうし……!?」


 その衝撃に清太郎は再び尻餅をついた。

 晴美はといえば、この山にある滝で身を清めていたらしく、白い装束を身に着けている。

 それが水に濡れて体のラインがはっきりと浮き出ており、おまけに多少透けている。

 清太郎にとってそれはあまりにも衝撃が大きかった。


「ちょっと、晴美さん! 何か羽織って! でござる」

「え? ああ、ごめんねえ、うっかりしてたわ」


 晴美はどこか謎めいた所のある女性だった。

 年の割に落ち着いているかと思えば天然っぽいところもある。

 そういうところも含めて清太郎は彼女の事が大好きだった。


「おい、小判ちゃんて言ってたけど、晴姉にも魔法かけたのか?」

「当然だ、かかってないのは予定外にやってきたお前たちだけでござるよ」


 小声でヒソヒソと話していると、晴美に手招きされた。


「それで? 二人ともこんな所で何やってるの?」


 上着を羽織った晴美と、滝の側で話す。

 清太郎がどこから説明したものかと考えていると、小判が何かを見つけた様子で叫んだ。


「ああっ! あれは!」


 小判の目線の先、滝の裏に小さな祠のようなものがあり、そこに古そうな鏡が置かれていた。

 その鏡めがけて小判が駆け寄ろうとした瞬間、今度は晴美が声を上げた。


「ちょっと、触っちゃダメだよ! 大事なものなんだから!」

「ええい、放せ! 大事なものなのは承知の上でござる!」


 鏡に手を伸ばそうとする小判と、いたずらっ子を叱るように掴む晴美。

 そんな二人の間に清太郎が割って入る。


「……ちょっと待った」


 その手にはスマホを持っている。

 画面に映し出されているのは、図書館で小判に見せられた写真の写真だ。


「あの鏡はご神体じゃないよ、形も大きさもまるで違う。小判が探してるものじゃない」

「な……、そんな、バカな」


 画面と祠の鏡を見比べる小判だったが、その二つが別物だとわかると、力なくその場に座り込んでしまった。


「ねえ、ご神体って何の事?」


 不思議そうな顔をした晴美が清太郎に話しかけてきた。

 清太郎はその質問のしかたに違和感を覚えたが、とりあえずここまでの事情を説明する。

 もちろん、小判の魔法の事以外を。


「あはは! なんだ、そういう事だったのかあ」


 清太郎の話を聞き終えると、晴美はさも可笑しそうに笑った。


「勘違いしてるみたいだけど、ウチのご神体は鏡じゃなくて石だよ」

「えっ!?」


 晴美の言葉に、思わず清太郎と小判の声がシンクロした。

 戸惑う二人に説明するように晴美が話を続ける。


「本殿の掃除をする時に移動させておいたのを、おばあちゃんが普通の石と間違えて漬物の重石にしちゃったんだよね。ご神体っていっても普通の石と見分け付かないからさ。夕方くらいに判明したんだけど、それはそれで大騒ぎだったのよ。ね、勘違いだって言ったでしょ?」

「じ、じゃあ晴美さんはここで何をしているのでござるか……?」

「この滝の裏の祠は何か悪いものを抑えてるって話が合って、ウチの神社が時々管理に来てるのよ。だからあの鏡にイタズラしちゃダメだよ、怖~いものが出てくるかもしれないからね~」


 顔の横に手を広げ、いたずらっぽく舌を出す晴美。

 清太郎はそんな晴美を笑顔で見つめていたと同時に、この騒動が小判の勘違いであった事に安堵していた。

 宝鏡など最初から存在しなかったのだから、晴美も小判も迷惑を被る事は無い。

 無駄な苦労をさせられたのは少々腹が立つが、女性二人が悲しまないのであれば清太郎はそれで満足だった。


「さてと、それじゃあ帰ろうか。二人とも私の車に乗るでしょ? 着替えるからちょっと待っててね」


 そう言い残し、晴美が離れた隙に、清太郎は小判へと詰め寄る。


「お前なあ、変な勘違いで騒ぎを大きくするんじゃあ――」


 だが、その時すでに小判は箒に乗って宙に浮いていた。

 どうも晴美の車に乗る気は無いらしい。


「もう、行くのか?」

「……宝鏡がこの町に無いのであれば用は無い、拙者は里に戻るでござる」


 ただ黙って見つめる清太郎に、小判はマスクを下げて笑顔を見せた。


「スケベはほどほどにするでござるよ、時々は格好良いのだからな!」

「えっ、それってどういう……」


 返事をする前に、小判はまだ薄暗い空へと飛び去っていった。

 おかしな格好でおかしな喋り方をし、忍者で魔法まで使う少女。

 わずかな間ではあったが、清太郎は不思議な気持ちを抱いていた。

 晴美が憧れである事は変わりないが、それでも何か大きなものが、清太郎の心の中にぽっかりと穴を開けていたのだった。


「あれ、小判ちゃんは?」


 普段着に着替えた晴美が戻ってきた。

 まさか箒で空を飛んでいったなどとは言えないので、清太郎は必死に言い訳を考える。


「えっと、この近くに親戚がいて、そこに会いに行く……そうです」

「ふうん、そうなの。ちょっと心配だけど、小判ちゃんなら大丈夫かな」


 苦しいかと思ったが、意外とあっさり言い訳が通った。

 安心しながら清太郎は憧れの晴美の車に乗る。


「あ、そうだ。晴姉、俺が新しい箒をプレゼントするよ」

「え? なあに、急に」


 少しずつ明るくなっていく道を、二人を乗せた車が神社へと帰っていった。



 ***



 神社の自室に晴美はいた。

 ふうっ、と大きく息を吐き、肩の荷が下りたような表情を見せる。


「ごめんね、小判ちゃん。今はこの町の大事な守り神なの、渡すわけにはいかないわ」


 滝の裏にあった小さな祠、そこに祀られた鏡の裏に、もうひとつ小さな鏡がある。

 それこそまさしく小判が探していた宝鏡だった。


 小判がこの町に現れた直後、違和感を覚えた晴美はアルバムなどを徹底的に調べ、小判が幼馴染ではない事を突き止めていた。

 伝承者として宝鏡が本来は忍の里のものである事を知っていた晴美は、まず漬物石にご神体を混ぜて騒ぎを起こし、宝鏡がご神体であると錯覚させた。

 その後、あえて怪しい時間帯に出かけ、尾行してきた者に目の前で大きい方の鏡を見せ、祠を詳しく調べられるのを防いだ。

 それと同時に騒ぎの顛末を教え、この町に宝鏡が無いという事を強調したのだ。


「でも、まさか魔法まで使える子だとは思わなかったな。『芸は身を助く』ってね」


 そう言うと、晴美は懐かしそうに眺めていたクラシックなワンピースを仕舞った。


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