キタキツネのスマリと名犬タロ
僕の名前はキタキツネのスマリ。願い事がかなうと噂の”逆さ虹の森”にやってきた。池にドングリを入れると願いが叶うというのでやってみたけど、何も起きなかった。
この森で仲間が出来た。同じキツネ仲間じゃない。クマの五郎、リスのウエカ、それにアオダイショウのアイちゃん。願い事をかなえるためこの森にやってきた仲間だ。
毎日、どうやったら願い事がかなうか、話しあってるけど、残念な事にいいアイディアはうかばなかった。
”それ”を見つけたのは、森のはずれ、人間の作った道の上だった。森の見回りが終わった時だ。
何やら土の塊のような、少し茶色がかったものが見えた。茂みのすきまからのぞいてみると、それは動物の死骸のようにも見えた。
(死んでるなら、大きくても食べられるかもしれない。お腹もすいて来たしちょうどいい。)
道端に倒れてる茶色のそれに近づく。僕に少しだけ似てた。茶色の体、三角の耳。でも尻尾が全然違う。僕のはスラっとながくのびてるのに、それはきれいにクルクルっとまいていた。
試しにそいつの耳の先っぽをかじってみた。
「ギャワン!何をするんだ。」
「ごめんごめん、死んでるのかと思ったから」
「疲れたから、少し休んでいただけさ。さ、休憩おわり」
てっきり死んでると思ったんだけど。
色だけ僕ににた”そいつ”は、ヨタヨタと歩きだした。あれ?左足、怪我してるんじゃないか?よく見ると腫れてるようなきがする。
そいつの決意は固かったのだろうけど、足の怪我がひどいのだろう、少し行っただけで倒れた。
「怪我してるんだろう?無理しないでここの森で休むといい。この道をまっすぐ行くと山のふもとだ。その足じゃ無理だよ」
そいつは、大丈夫といって歩き出し倒れ、諦めたようにふりかえった。
「あは、やっぱ無理みたいだ。足もズクズク痛くて、つけない。僕は柴犬のタロ、おじいさんの処に行く最中なんだ。悪いんだけど、少し休みたいから、体を隠せる所、教えてくれないかな?」
犬のタロ君、ここは平原の中の獣道。怪我が治るまで休める所じゃない。”逆さ虹の森”へ行こう。そう誘ったけれど、タロはもう立ち上がれなかった。気のせいかタロの体が熱い気がする。
助けを呼んで来るからと、タロをくわえ道のわきの茂みに引きずっていった。こいつ、重い・・・
僕は、道をはずれ、平原を走る。ちょっと日陰の処は雪が残ってるので、なるべく日向をかける。森に入ると、アオダイショウのアイちゃんと、ヒグマの五郎がドングリ池の側でおしゃべりしてた。
「ごめん、大変なんだ。森のはずれの道端で、犬のタロっていうやつが、倒れてて。かわいそうなんだ、足が腫れちゃって。歩けないし、あのままじゃ死んでしまうから。でも、重くて僕にはどうしようもなくて・・」
「ほほ、じゃあ、私のようなか弱いヘビなんかは、およびじゃないわ。傷の治し方なら少ししらないでもないけど。でも別に助けなくてもいいんじゃない?”弱い物は死ぬ”が、オキテでしょ」
アイちゃん、クールだ。でもここに連れてきたら、怪我の手当てをしてくれるかな。
「お・おいらが、運んでも・・いいよ。犬は怖いけど。おいら痩せてるけど、スマリと同じくらいの大きさなら、背中に乗せれる」
いざ、走りだすと五郎ははやかった。あっというまにタロの処についた時、僕は息がキレてた。
「ほ・本当は犬は怖い。前に吠えられて追いかけられた事があるんだ。この犬、タロっていうんだっけ?この感じなら全然怖くない。ほぼ歩けない。今にも死にそう。死んだら食べていい?」
「でたな、ヒグマめ。おじいさんの処に行くまでは、死んでも死なないぞ。」
タロは、五郎に歯をむき出して唸ってますが、体が動かしていない。動けないんだろう。
「ごめん、五郎。こんなヤツだけど放っておけないし。森に運ぶべきだろう?」
「うん、スマリがいうんなら、森の神様の考えと思う。タ・助かるかどうかは、わからないけど」
”おい、こらヤメロ”と騒ぐタロを、僕が五郎の上に乗せると、今度は落とさないように、でも出来るだけ速くと、五郎はタロを運んでくれた。上を見上げると、カラスが回ってる。タロは、カラスの餌食になる処だったんだ。
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ドングリ池ではアイちゃんが、待っていてくれた。
「まったく、スマリは面倒事ばかり持ち込んで。ほら、怪我にいいというオオバコの葉、傷を池から流れる小川の水で洗って、この葉をあてる。私がわかってるのはそれだけ」
「アイちゃん、ありがとう。なんでも知ってるし、優しい。アイちゃんの恋人は、幸せだね」
「グズグズしてないで、傷を水で洗う。傷口を開くようにしてね」
ここの池は不思議だ。小さくても冬でも凍らない。夏は冷たい水がのめる。いつも水は澄んでいる。日がさすと、青く見える所があるのに、手にとると透明な不思議な池。
アイちゃんの言われたとおり、タロの足の傷を水で洗うと、タロはたいそう痛がって、暴れた。五郎が押さえつけて、そのうち、本当に体力がつきたのか、ぐったりして、気を失った。
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アイちゃんの傷の手当てのやり方は、あっていたようだ。タロの足は腫れがひいてきて、だいぶよくなってきた。
僕たちは忙しくなってきた。ただでさえ食料の乏しい春の初め。自分のぶんだけじゃなく、タロの分もとってこないといけない。
僕はネズミを普段より一匹多めにとったり、リスのウエカは秋にためた木の実をもってきた。
でも一番、タロの喜んだのは、ヒグマの五郎が拾って来た鹿の死骸だ。
「や・山のあそこで、雪が崩れ落ちたみたいなんだ。朝、早くに行った時、鹿が埋もれて死んでた。他のヒグマに見つかる前でよかった」
半分、凍り付いた鹿の足をかじると、口の中においしい味がひろがった。ひさびさのご馳走だ。タロも夢中になって食べてる。ご馳走をとった五郎は、浮かない顔をしながらも、無心に食べてる。量が半端ない。
「おらは、肉より魚のほうが好きなんだ。シカ肉は春先の冬眠明けのこの時期だけなんだ」
「そんな好き嫌いいってるから、弱っちいのよ。私も少しだけいただくわ」
アイちゃんは、カプっとかじったけど、本当に一口だけ。なんでも、冬眠明けで食べすぎると胸やけするって。
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タロもすっかり元気になり、また、おじいさんの処にいくと言い出した。それは彼の願いなんだろうけど、タロはまだ足が弱い。怪我したせいだ。
そこで、僕が逃げる係になって、タロにおいかけさせたり、五郎がタロを追いかけたいした。タロがしっかり歩いたり、走ったりできるように。
途中、アライグマのラクンと、コマドリのマリが仲間に加わった。そしてタロとの追いかけっこ遊びは、仲間の楽しい時間となる。
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もう夏も近いというある日の夕方、ウエカが”大変大変”と、みんなに触れ回ってる。池のそばの木に巣があるウエカは、池の番人、正しくは池の中のドングリの番人だ。彼女は池のドングリは食べ物に困った時にと、思ってるらしい。
「どうしたんだい?ウエカ。誰かドングリでも盗んだ?」
「違うのよ、虹よ虹が出て来るわ。」
「もう一度、落ち着いて。はい。」
虫じゃないんだから、出て来るはないだろう。大体虹なんてものは、いくら根元をさがしても見つからないものって聞いた事があるし。
僕が池に行くと、仲間はもう集まっていた。もちろん、タロも一緒だ。
「ほら、池の底を見て。虹色の塊があるでしょ。今朝からあるんだけど、あれがだんだん大きくなってるの。あれ、きっと虹の元よ。ドングリからドングリの木が出来るように、虹の元から虹が出来るのよ。」
はぁ~リスは、馬鹿・・いや頭がそれほど良くないと思ってたけど、これほどとは。
夕陽が山に隠れる直前、池の中の”虹の元?”は、破裂して、光が飛び出した。そしてそれが虹になった。
「ああ、逆さまだ。これが逆さ虹だね」
「そうなのかい?普通に見えるけど。タロは目が悪いんじゃない?」
コマドリのマリがまぶしそうに見上げてる。
「スマリ、やっぱりこの虹、逆さまよ。ほら、いつもは赤い色が一番下じゃない。でもこの虹、赤い色が一番上なのよ。色の順番が逆さま。逆さ虹ってこの事なのね」
仲間は大騒ぎになった。これで願い事が叶うと。
結局、期待は裏切られることになったけど。
虹の上から、人間のおじいさんが、歩いて降りて来た。この人、生きてない。人間のニオイがしない。タロがすごいいきおいで、おじいさんにかけよった。
「おじいさん、おじいさん、やっと会えた。僕、おじいさんの家を探してたんだ。又、一緒に暮らそう」
タロ、その人はとりあえず生きてないのは確かだ。僕はおじいさんとタロのそばにいく。何かあったとき、すぐにタロを引っ張りだせるように。
「タロや、お前、義孝の家を出て来たんだ。そんなに家に帰りたかったか?悪かったの、お前に言ってきかす時間もなかった。残念じゃがもうあの家では一緒に暮らせんよ。なに心配いらない。わしは、虹の橋のたもとで待っておる。時がきたら会える。それからはずっと一緒じゃ。」
時が来たら・・・つまりそれはタロが死んだらという事じゃないだろうか。
「義孝おじさんの家を出て来たのは、ごめんなさい。じゃあ、一緒に連れて行ってください。」
「だめじゃ、義孝の家に戻れ。ほれ、道順を教えてやる」
そういうと、タロの頭に手をあてた。優しそうなおじいさん。人間でも優しい人もいたんだ。
「スマリよ、タロが世話になった。他のみんなもありがとう。」
願いをかなえて。って皆、てんでに声をあげたけど、おじいさんは、首を振るだけだった。
日が沈み、虹が消えたと同時に、おじいさんも消えた。タロが悲しそうな声で、遠吠えをした。
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「ありがとう、ここでいいよ。スマリ。本当に世話になってばかりだった。」
「かまわないさ、僕たちもタロと遊んだ時は楽しかった。今度は間違えずに家に行けるかな?」
「大丈夫、おじいさんに大体の方向と道順を、教えてもらったから」
「タロ、元気で。途中、車には気を付けて、僕の母は車に殺された」
タロは、車の怖さは、人間も殺すほどだと うなずいた。
タロとはこの世では、もう二度とは会えないだろう。いや会えないほうがいい。無事に家について、人間と暮らすほうがタロには幸せだろう。
今度会う時は、虹の橋のたもとかもしれない。