北の大地
「よっ…っと!………ご苦労さん!」
快晴の青空の様な笑顔を警備達に振り撒き、須藤がゲートを一足飛びに抜ける。…対する警備達の表情は暗雲立ち込める表情であったが。
…ガチャ。ギィィィー…。
外への鉄扉を開ける。
目の前には、一面銀世界の街並みが広がっていた。
…相変わらず雪はちらついている体だったが、歩行に支障は無さそうだった。
「よーし」
意気揚々と階段へ一歩足を踏み出す。
ツルッ
「おわ!?」
ズデンッッッ!!
「いてぇっ!」
その一歩目から足を滑らせ、派手に尻餅を付く。
「イテテテテ…。コイツはなかなか手強いな…」
須藤は立ち上がりながら腰をさすると、天を仰ぐ。
「吹雪かなきゃ良いけどな…」
次々と舞い降りる雪と、暗雲。視界にはそれしか映らない。
「まっ、考えててもしょうがないか。いこいこ」
サクサクサク、と雪を踏み締めながら、須藤は街へと歩みを進めていった。
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サクサクサク。
雪がちらつく中、大勢の人々が街中を行き交っていた。
時刻は午後を回った処である。様々な店が軒を連ね、買い物客が闊歩している。
ただ異様に感じられるのは、行き交う人全てが武装をしている、という事だった。
肩から小銃を提げる者、腰に大小を差す者、背中に背負う者。
そして、皆一様に無表情を顔面に貼り付け行き交っていた。活気があるのは立ち並ぶ店の従業員だけである。
須藤はポリポリと顔を掻くと、手近な店へと足を向けた。
カランカラ~ン…。
「いらっしゃいませ~」
店の奥から間延びした声が聞こえた。
店内を見回すと、オレンジ色の照明に照らされ、木目も新しい椅子とテーブルが整然と並んでいる。…どうやら喫茶店の様だった。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
奥から出てきた店主らしき人物が尋ねる。
―――しまった。さっきコーヒー飲んだばっかりだってのに。
一瞬逡巡したが、入ってしまったものは仕方がない、と割り切り、一人、と答える。
「はい~。ではあちらのカウンターへどうぞ」
手で指し示められ、カウンターへと向かう。
「ご注文は?」
席に座った所で、店主が声を掛ける。
「あ~っと…ブレンドで」
「かしこまりました~」
無難な注文を受け、店主がそそくさと抽出機械を動かす。
「…」
ふと、店内を見渡した。…まばらに客が何組かいるだけで、あまり繁盛していない様だった。
「はい、お待ちどうさま」
コトリ、と須藤の前にコーヒーのカップが置かれる。芳しいコーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。
手を伸ばすと一口すする。インスタントとはやはり違う味がした。
「お客さん、内地の人かい?」
不意に店主が声を掛けてきた為、一瞬狼狽し、その後顔に疑問符を浮かべる。
「ん…?内地?」
「ああ、ごめんごめん。本州の事さ。…その反応って事はそうみたいだね」
店主はそう言うと、微笑を浮かべて続ける。
「今、このあたりは物騒だからねぇ。気を付けた方が良いよ」
「あぁ、それなら聞いたよ」
ニカッ、っと笑い、須藤が返す。
「そうか…んじゃあ、兄さんは出稼ぎか何かかい?この辺りは『特別中立地帯』だから、あまり実入りは無いよ?」
「『特別中立地帯』?…何だいそりゃ?」
再び須藤が疑問符を浮かべる。
「知ってると思うが、今戦時中でね。特別中立地帯ってのは、まぁ…戦闘はご法度って事さ」
そこで言葉を一旦切り、下げられてきたカップを片付ける。
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カチャカチャ…かたん。
店主がカップを洗い終えると、再び語り始めた。
「まぁなんだ、此処での戦争では、ここで戦っちゃいけませんよ、ってな場所が作られたのさ。それがこの街なんだ」
「ふぅん…」
ズズズ…とコーヒーをすする。
「とは言え、多少のイザコザは日常茶飯事だけどね」
つ、と店主が煙草に手を伸ばす。
「吸うかい?」
「いや、俺は吸わないんだ」
「そうか。じゃあ失礼して…」
キンッ。シュボッ!
店主が慣れた手つきでジッポを扱い、火を着ける。
ジジジジ…。
フゥー、と紫煙を吐き出す。
「おっと」
灰を落としながら、店主が頓狂な声を出す。
「んで?兄さんは何しに来たんだ?」
「ん~?観光?」
「…え?」
「いや、だから観光」
「…プッ」
ハッハッハッ、と大声で店主が笑い出す。
「ちえ、笑い過ぎ~」
「ハッハッ…いやぁごめんごめん。本気なのかい?」
「もちろん」
店主が笑いを堪えながら須藤を見返す。
「なかなか酔狂な兄さんだ。気に入ったよ。…まぁこの街なら観光には向いてるかな」
「何か面白い所あるかい?」
その質問に、そうだなぁ、と両腕を組む。
「街の中心に時計台があるぞ。今じゃあ廃れちまってるが、昔は観光の名所として観光客が沢山来たもんだ」
「時計台かぁ…」
須藤が腕組みをしながら考える仕草をする。
―――もともと当ての無い旅だからなぁ…。
「んじゃまぁ、手始めにそこに行ってみるよ」
須藤はそう言うと、残ったコーヒーを飲み干し、代金をテーブルに置く。
「そうか。分かった。気を付けてな」
「おう!ありがとう!」
タタタ、と須藤が出入り口へ向かった時だった。
「ああ!そうそう!」
マスターが急に呼び止める。
「?」
怪訝な顔をした須藤が振り返るのを見てから、マスターが続ける。
「くれぐれも、『善』って漢字には気を付けろ。漢字で善人、の善だ」
「?…何だいそりゃ?」
「ここら一帯で一番危ない奴等のシンボルマークさ。噂じゃ、戦争を仕掛けた張本人とも言われてる」
頓狂な顔をした須藤が真顔に戻る。
「見かけたら目を逸らせ。因縁付けられて、下手すりゃ殺される事もある。気を付けてな」
須藤が再び破顔すると、手を挙げて応えた。
「ああ、ありがとな。マスター」
それじゃ、と言い残し、須藤が店外へと消えていった。
「フッ…」
マスターは暫く須藤の消えていったドアを見つめていたが、軽く笑みを浮かべると、再び煙草に火を着けたのだった。