到着
「Zzz…」
須藤は一人、自室のベッドで大鼾を掻いていた。
タンタンタンタタ~ン…。
お決まりのチャイムが流れ始め、続いて車掌のアナウンスが流れる。
『毎度ご乗車ありがとうございます。まもなく当列車は終点、札幌に到着致します。ご乗車になられたお客様お疲れ様でした。どうぞお荷物お忘れ無き様お気を付け下さいませ…』
「ふが?」
ようやく目を覚ました須藤がムクリと起き上がる。
「着いたのか…ふわ~ぁ」
大きく伸びをすると、窓のブラインドを上げる。
…光が差し込む。その眩しさに、思わず目を細める。
タタン…タタン…。
外には一面の銀世界が広がっていた。
「うほぉスゲェ。地平線まで真っ白だな」
須藤には初めての地。その感想はごく自然に口から漏れたものであった。
「ん!ん~ん…っと」
再度大きく伸びをすると、傍らにある巨大な物体を取り上げる。
「さあてと。まずはどうするかなぁ」
須藤はその物体に問いかけた。勿論返事が返る訳では無かったが。
「まっ、なるようになるさ」
ガシャンッ。
須藤はその巨大な物体を軽々と背中に負い、再度車窓に視線を送った。
…地平線から、街並みに。景色がうつろいつつあった。
--------------------------------------------------------------------------------
「ほっ、とお」
列車からホームへと降り立つ。
「うをっ…」
急激に襲い掛かる冷気に身を震わせる。
「流石に寒いなぁ」
思わず両腕を掻き抱いた。
無理も無いことである。須藤の服装はと言えば、ノースリーブのシャツ一枚に、ジーパン。これで寒くないと言ったら神経を疑われる所である。
―――が。次の瞬間には意気揚々と須藤は歩き出していた。まるで肌を突き刺す寒さを意に介していないかの様に。
スタスタスタ…。
暫し歩くと、ゲートが見えてきた。
「ん?」
ふと、周囲に目を凝らす。
…ゲートの周りには、武装した警備、最早兵士と言った方が良いだろうか、そんな人物達が集まっていた。
ゲートに視線を移す。
自分が乗っていた列車の乗客達が、荷物を兵士たちに手渡し、手ぶらの状態でゲートを通過して行く。
―――ん~。ちっと、マズイかなぁ…。
どういう状況か理解できた須藤が、苦笑いでその光景を眺める。
スタスタ…。
と、そこへ一人の兵士が近付いてきた。
「おい、アンタ」
「んん?俺?」
「ああ、アンタだ」
須藤が内心舌打ちをする。捕捉されてしまっては内密に抜け出す事も出来なくなってしまう。
「何か用かい?」
素知らぬ振りで内心を隠しつつ答える。
「ここから先は日本国内でも、治外法権だ。検査を受けてもらう。まずは荷物を渡してもらおうか?」
兵士は須藤が何も知らないと見て、簡単な説明をした。
「あ~っと…そう?」
―――ヤバイな…。流石にコイツはマズイ。
「どうした?早くしろ」
逡巡する須藤に、兵士が不信感を露にする。
「………」
―――どうする?逃げるか…?
「おいっ!」
ガチャッッ。
兵士が手にしているマシンガンを構えた。その様子に気づいたのか、他の兵士が集まってくる。
―――その時だった。
「待て。その男は私の客だ」
何時か聞いた、凛とした声。
「ん…?」
須藤はふと、声のした方を振り返った。
「また会ったな、須藤」
…そこには長い髪を揺らす女が立っていた。
―――確か…南条って女か。
ここに到着するまでの、車内の出来事を須藤は思い出していた。
「隊長!」
須藤に銃口を向けていた兵士が、銃を下ろし南条に敬礼をする。それは集まってきていた兵士たちも同様だった。
「済まんな、連絡が遅れていた。…その男は私が連れて行く。お前達は持ち場に戻れ」
「は、しかし…」
「聞こえなかったか?」
南条の目が細められる。
「り、了解しましたッ!」
再度兵士は敬礼をすると、ゲートへと戻っていった。
バタバタバタ…。
慌しく兵士達が戻っていくのを見届けると、南条が口を開く。
「…全く、お前は何も知らないのだな」
呆れた様な口調を、須藤に浴びせる。
「ア、アハハ…」
照れた様に頭を掻く須藤に、南条が身振りで着いてこい、と示す。
…コツコツコツ。
ゲートとは別の方向、待機室とでも言うのだろうか。その部屋に須藤と南条が入っていった。
「…今この地では、所謂内戦が起こっている」
コトリ、と須藤の前にコーヒーがなみなみと注がれたカップが置かれる。
テーブルの向かいに南条が座ると、再び口を開く。
「『北海道連合』…とまあありきたりな名前だが、奴等はそう名乗り、日本本州に宣戦布告してきた。声明は、独立した国家を作る、だそうだ」
ズズズ…と、須藤が話に耳を傾けながらコーヒーをすする。
「もうその内戦も、数年が経過した。…未だに終結の兆しは見えんがな」
南条はカップの中身を一口含むと、窓の外を見やる。
…外では雪がちらついていた。
「そいつらって」
不意に須藤が口を開く。
「何だ?」
視線を須藤へと戻す。
「本当に独立国家なんか作ろうとしてんのかね?」
「…さあな」
素気なく答える南条に、須藤は苦笑いを浮かべた。
「ともあれ、現在この北海道では、一部を除いて戦闘地区がほとんどだ。いきなり銃弾の雨に晒される危険性もある」
「傘一本じゃ役に立ちそうも無いな」
皮肉混じりに答える須藤に、再び苦笑いを浮かべる。だが直ぐ真顔に戻り、言った。
「…どうだ?お前が良ければ、私達と行動を共にしないか?」
不意の提案に、須藤が呆気に取られる。
「あんたらの軍隊に入れっての?ジョーダン!」
「正確には我々は軍隊ではない。レジスタンスに近い。規模は相当拡大しているがな」
「いやいや。俺はそんなつもりでここまで来た訳じゃあ無いし」
「だが」
南条がその先を遮る。
「その装備は徒の観光では無い様だが?」
南条が須藤の傍らに置かれた物体に視線を送る。
「当ては無いのだろう?それに、我々に付けば待遇も、状況も好転すると思うが?」
「………」
須藤は南条の思考を読み取ろうと、相手の目を見据えた。
「……むぅ」
少しの間の後、奇妙な声と共に、笑みを浮かべた。
―――ダメだ~。何考えてるかわかんねぇ。乗らないのが吉か。
「いやぁ、遠慮しとくよ。お誘いは嬉しいけどね」
「………」
やや間があって、ふう、と南条が溜息を吐いた。
「…そうか。致し方あるまい。無理にともいかんからな」
そう言ってカップの中身を飲み干す。
「警備には話を通しておこう。今後はフリーパスにしておく。…観光も良いが、ほどほどにな」
「サンキュ」
そう言って立ち上がり、傍らの物体を背に負う。
「…もし」
「ん?」
南条に背を向けていた須藤が振り返る。
「その気になったら、いつでも連絡してこい。その時は歓迎しよう。連絡先は…」
南条はハタ、と考え、ポケットからメモを取り出すとペンで番号を書き込んだ。
「これに寄越せ。私の専用回線だ」
「おっ。ラブコール掛け放題だな」
「その際は入隊の意思有りとして処理する」
「ハッハッハ!りょーかいっ」
おどけて敬礼をする須藤に、微笑を浮かべる。
「待っているぞ。…では私もこれで失礼する。良い旅を」
カッ、と靴音を響かせ、南条が敬礼をする。須藤はそれを見届けると、ドアを潜って行った。