駆けよ、運命の為
「……!」
不意に南条が振り返る。
―――…加藤…ッ!
虫の知らせ、とでもいうのだろうか。南条は敏感にそれを悟っていた。
ガチャ。
無線を手に取る。
「此方南条!加藤、応答しろ!」
…しかし、返答は無い。それは二番隊の全滅を示唆していた。
「…くッ」
後ろ髪を引かれる思いで再び背を向ける。
―――加藤までも…。
何も出来なかった自分に、歯噛みをする。
だが今は苦悩している時では無かった。時間が経つにつれ、状況は刻一刻と悪くなっていく。躊躇している場合ではなかった。
タッッ。
再び駆け出す。早くこの闘いを終わらせる為に。
「ハァッ、ハァッ…!」
薄暗い通路を、敷島が俊敏な猫の如く駆け抜ける。
―――んもぅっ!まだ着かへんのかいな!
内心舌打ちしながらも、速力は落とさない。
幸いにして、敵の気配は無い。須藤と別れてからというものの、誰とも遭遇していなかった。
―――ツンツン、大丈夫やろか…。
残してきた須藤を気に掛ける。何度か見てきた相手は、敷島にも相当な実力者だということは理解出来ていた。
一瞬、ふと考える。二人掛かりならば倒せただろうか。
…否。足手まといになるだけだ。しかし須藤も傷が治っていない状態なのも承知していた。
―――今は信じるしかあらへん…!
思考を中断し、走る事に専念する。
不安ならば南条を助けてから、すぐに須藤を助ければいいのだ。
そうして、最良の状況を反芻する。
そうしなければ、不安に押し潰されそうだったから。
今はただ、走るしかなかった。
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それは、不意に現れた。
…仰々しい観音開きの扉。その向こうから、扉が閉じているのにも関わらず威圧感が漂ってくる。
「………」
扉に手を当てる。
間違い無い。この先に居る。
確信すると、意を決し押し開けた。
キィ…。
右側からの光。目を細める。
…数秒で慣れると、周囲を見回す。
光の元は、右手一面に広がる窓。すぐ外は濁流渦巻く谷底へと続く奈落。
それから視線を逸らし、左手を見る。
そこはごく小規模ホール程の空間が広がっていた。
床には絨毯が敷かれ、壁際には様々な本が並ぶ棚。天井には豪奢なシャンデリア。
―――そして…。
パチ、パチ、パチ…。
拍手が聞こえた。反射的にそちらを睨み付ける。
「よぅ。良く来た」
「蒼琉…ッ!」
シャランッ!
腰に差したレイピアを抜き放ち、切っ先を向ける。
「安心しな。もう逃げやしないさ。じっくりお前の相手をしてやる」
再び現れた男、伊達 蒼琉は蒼の甲冑を身に纏い、一振りの刀を腰に差していた。
「蒼琉!今日こそ貴様を倒し、この不毛な紛争を終わらせてもらう!」
「はぁン?お前が、オレを倒すだ?仲間一人救えず見殺しにしたお前がか?」
ブチン。
おどけたような仕草で言い放つ蒼琉。
南条の中で何かが切れた。
「キサマァァァァァア!!!」
ズダンッッッ!
力の限り床を蹴り、両者の距離が縮まる。
ガギィィィンンン!!!
振り下ろしたレイピアは、半身を抜いた刀身に軌道を阻まれる。
「…そーいやどうした?その額のキズは?」
嘲る様な笑いを浮かべながら、南条の包帯が巻かれた額を顎でしゃくる。
ガギギ…。ギリギリギリ。
答える代わりに、レイピアに力を込める。
「ツレないねぇ~。相変わらず男居ないだろ?」
「…バ、カ、に…」
怒りで包帯に血がにじんでくる。
「するなぁぁぁあ!!」
ガギャギャギャ!!
無理矢理阻まれていたレイピアを振り抜く。
「…ハン」
蒼琉は事も無げにそれをいなすと、数歩後退する。
「貴様が、貴様が狂ってなどいなければ…ッ!!」
ヒュオンッ!
再び距離を詰め、神速の連続突きを繰り出す!
「オオオオッッッ!!」
ヒュンヒュンヒュンヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュンッッ!!
カンカンカンカカカカカンッ!!
だがその切っ先は、蒼琉の刀に全て弾き返される。
「熱くなるんじゃねーよ!たかがゲームだぜ?」
「ッッ!」
ヒュンッ!ガギンンンッ!
力の限りの突きを難無く弾き返す。
「クッ…!」
手から離れそうになるレイピアを、逃がすまいと力を込め握り締める。
そこから体勢を立て直そうと大きく飛び退く。
「クッ…」
「まぁ、もうちっと話をしよーや」
蒼琉は抜き身の刀を肩に担ぎ、悠然と佇む。
「貴様と話す事など無いッ!」
南条が吼える。
「ハッ。これでもかな?」
パチンッ。
ガタガタガタガタガタ…!
蒼琉が指を一つ鳴らすと、両側の壁に据えられた本棚が一斉に壁に向かい回転する。
…かくしてそこには、おのおの武装した兵士達が居た。姿を現すと同時にライフルの銃口を南条に向ける。
タタタタタ…。
その内二人の兵士が蒼琉の側へと駆け寄り、両側に立つ。
「…コレなら、話をする気にもなるだろ?」
「………ッ」
南条が憎々しげに歯噛みをする。
「…さあて、少し話でもしよう」
蒼琉が刀を下ろす。
「…この期に及んで、何を話すというのだ」
「あぁ?決まってんだろ?」
フン、と鼻を鳴らす。
「この北海道から、出て行って貰う話だ」
「…生憎だがその話は聞けん」
ピシャリとはねつける。
―――あれだけ煽ったのに、もう冷静さを取り戻してやがるな…。
ニヤリと嗤い、後を続ける。
「…別にタダで、ってワケでもねぇ。今居るお前らの所の人員の移動費やら何やら、全部こっちで持ってやるさ。今すぐ首を縦に振ってくれりゃあ、展開中の俺の軍もすぐ引き払わせる」
「聞けんな」
即座に拒否の答えを示す南条に、今度は苦笑いを漏らす。
「ま、そーだろうな」
蒼琉は肩をすくめると、刀を収め背を向ける。
「…これ以上何をする気だ」
肩越しに振り返る。
「あぁ?…どうしようかね」
「………」
おどけた物言いに、南条の怒りのボルテージが上がるのが見て取れた。
「ま、そうカリカリなさんな。少なくとも『今は』お前をどうこうしないさ」
「何…?」
「すぐ分かる」
言って、唇の端を吊り上げた。




