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TLS外伝 ~a crying soldier~  作者: 黒田純能介
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北へ


--------------------------------------------------------------------------------

―――俺は、元は流れ者だった。


各地を転々とし、所謂『何でも屋』として生きていた。


犬の散歩から、喧嘩の手伝い、果ては暗殺紛いの事までやっていた。


ある日ふと、何気ない気まぐれで北へ向かう列車に乗った事が、全ての始まりだった…。



--------------------------------------------------------------------------------



タタン…タタン…。


規則的な列車の走る音に、思わず船を漕ぐ。


傍らには、布を幾重にも巻き付けた異様に長い物体。人間の背丈よりも長いかもしれない。


突然、ガクンッと首が折れる。


「ぬわっっっ!?」


声の主が慌てて飛び起きた。


キョロキョロ…。


周りを見回す。


「何だぁ…。夢か…。肉まん食べ放題がぁぁ…」


がっくりと肩を落とす。

はぁ、と溜息を吐くと何気なく車窓に視線を移した。


サァァァァ…。


夕闇を黒雲が覆い、更に降りしきる雨が絶え間なく窓を叩いていた。


「あーあ。景色も台無しだぁ」


踏んだり蹴ったりだなぁ、と零す。


「…さてっ」


しばらく外を眺めていたが、やがて一声かけると立ち上がり、


「食堂車にでも繰り出すとしますかぁ~」


意気揚々と個室を出て行ったのだった。


サァァァァ…。


雨を叩きつけられ、闇が濃くなっていく車窓が、残された異様に長い物体を写し出していた。



--------------------------------------------------------------------------------



『毎度ご乗車ありがとうございます…。この列車は札幌行きでございます。青森を出ますと停車駅は終点、札幌までございませんのでご注意下さい…』


お決まりの車内アナウンスを聞きながら、食堂車のドアを開ける。


カララララ…。


軽い音を立て、ドアが開く。


…内部ではさながら、西部劇にでも出てきそうな光景が広がっていた。


酒を飲みながら濁声で歌を歌う者、ポーカーに興じる者、ひっそりと窓の外を眺める者。


スタスタスタ…。


騒々しい男達を掻き分け、空席を探す。




―――空いてねぇなぁ…。




と、キョロキョロするその目に映るものがあった。


車内の喧騒の中、一人静かに食事を取る女。二人掛けの席は、向かいが空いていそうだった。


スタスタスタ…。


おもむろに近付くと声を掛ける。


「やぁ。一人?」


女は黙々と食事を続けている。


「席を探してるんだけどさ、なかなか見つからなくって。ココ、良いかい?」


ピッ、と空席であろう椅子を指差す。


女が手を止める。切れ長の瞳が自分を見る。長い髪が揺れ終わると、口を開いた。


「好きにしなさい。私はもう終わる」


そう言うと、音も無くナイフとフォークを置いた。


「ウェイター!」


凛とした声、と言うのはこういう事を言うのだろう。一瞬車内の空気が止まるのを感じた。


ややあってから、ウェイターが小走りにやって来る。


「お、お呼びで」


気のせいか、ややオドオドしているようにも見える。




―――この女、VIPか何かか…?




そう考えたが、それだったらこんな所には来ない。


「客だ。メニューを。私にはコーヒーを頼む。濃いめのブラックでな」


畏まりました、とウェイターがテーブルの食器を下げ、メニューを代わりに置いた。



……適当に注文し、ウェイターが下がっていく。その後ろ姿を見送ると、視線を女に戻す。


「北には観光かい?」


明らかに違うな、と思いつつ質問を投げかける。


「仕事だ」


女は短く答えると、パラパラと手帳をめくる。


「へぇ…。どんな仕事?」


「君には関係無かろう」


ピシャリ、という表現がぴったりの言い草に、苦笑いで返す。


「あらら。ツレない」


「……」


女がジロリ、と自分を見る。


「北海道へ行くつもりか?」


不意の質問に、キョトンとする。


「え?…あぁ。そうだな…。とりあえず最北端に行こうと思ってさ」


女はその言葉に目を細めて返す。


「そうか…止めておけ」


突然の言葉に、目を丸くする。


「へ?何で?」


「…」


女はやや思案している風だったが、やがて口を開いた。


「知っているだろうが、今あの地は治安が悪い。丸腰で歩くような輩はあっという間に野盗の餌食になる」


「へぇ…そうなのか」


コーヒーと食事が運ばれてくる。女がカップを手に取った。


「…」


一口、口に含む。


「大丈夫さ。別に俺も丸腰ってわけじゃあない」


ナイフとフォークを手に取る。


「…好きにするがいい」


カタ…、とカップを置くと立ち上がった。


「君、名は?」


「あん?すふぉー」


「すふぉー?…口の中を空にしてから喋れ」


あわてて飲み込む。


「須藤、…須藤 叢雲さ。よろしくな」


「須藤…。私は南条。南条(ナンジョウ) (レイ)。…別に覚えなくて良い」


「何だそりゃ?変な自己しょーかい」


「どうせ今後会うこともあるまい」


その物言いに、須藤が再び苦笑する。


「それではな。せいぜい気を付ける事だ」


「ご忠告どうも~」


立ち去っていく後ろ姿に、ひらひらと手を振る。


「…」


須藤は見逃していなかった。その油断の無い動きを。




―――隙がねぇ…。あの身のこなしも、相当な使い手だな…。




女一人で旅するのにも納得、とつらつらと考えていた。


「ん。んまい」


のも束の間、料理に夢中になっていた。



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