刺客
「さあ、何処からでも来るが良い」
仮初めの休日から数日後。南条達の本拠地にある広場に、南条と須藤の姿があった。
「良いのか?俺が勝ったらジュースオゴリだぜ?」
まるで中学生の様な物言いに、微笑を浮かべる。
「良いだろう。…勝てれば、な」
戦況がやや膠着状態に陥り、時間が出来たのを見計らい南条が試合を須藤に申し込んだのだった。
互いに木刀を手にし、対峙する。
南条は右手に構え、半身を引く。
須藤は両手で構え、重心をやや落とす。
「………」
「………」
しばしの沈黙。人払いをした為、完全に静寂が訪れる。
…不意にそれが破られた。
ズダンッッ!
「おりゃぁあ!」
先制したのは、須藤。
全力で駆けると、あっという間に距離が詰まる!
「…フ」
ブンッッ!
振り下ろされる木刀を難なくかわす。
「おぉぉりゃりゃりゃぁぁぁ!」
ヒュンヒュンヒュンヒュン!!
攻撃の手を休める事無く木刀を乱舞させる。…だがしかし掠りもしない。
「…流石にパワーは在るな。だが動きに無駄が多い」
ガキンっ!
「んなっ…!?」
流れは完全に、須藤にあった。それが、いとも容易く南条の一振りで弾かれる。
「遅いッ!」
木刀は須藤の手を離れる事はなかったが、反応が遅れた。
ビュンッッ!
まるでライフル弾の様な突きが迫る。
「くっ!」
寸での所で、躰を捻り回避する。
ビシュッ!
だがかわしきれず、攻撃が腕を掠めた。
…腕に赤い線が走る。
「…んのっ!」
無理な体勢から、右足を軸にして横薙の剣を繰り出す。
ガキキ…ッ!
鈍い音と共に受け止められる。
「うぐぐ…!動かねぇ…!」
必死の須藤とは対照的に、南条は涼しい顔だ。
「…確かにパワーはある。だが力に頼った剣技ではまだまだだ」
スカンっ!
一瞬の後、須藤の木刀が宙を舞う。
「王手…!?」
再び突きを繰り出す直前、須藤が間合いを詰める。
「おりゃぁあ!」
―――掌底!
「くっ!」
油断は無かった。木刀を須藤に向け、決着の筈だった。だがそれよりも須藤の動きは速かった。
思い切り仰け反り、掌底を回避する。
だが無理に回避をした為、次の動きが遅れた。
「もらったぁ!」
とどめの一撃とばかりに、二の拳を放つッ!
次の瞬間。
「…ぐえ」
ドサリ、と須藤が崩れ落ちる。
「…ふむ。問題は無いな」
「い…痛てててて」
後頭部をさすりながら、須藤が身体を起こす。
「済まんな。大丈夫か」
そう言いながらも、あまり心配している様子ではなかったが。
「う~…。星が飛ぶ…って」
傍に立つ南条を見上げる。
―――さっき、目の前に居た筈なのに。
「今、どんな手品を使ったんだ?全く見えなかったぜ…」
「…ん?…秘密だ」
クルリと背を向ける。
「…ちぇ。負けちまった」
軽くうなだれると、直ぐに立ち上がる。
「…須藤」
「うん?」
前を行く南条が、立ち止まり振り返る。
「どうやら客が来たらしい」
「…客?」
キョロキョロと周囲を見やる。…しかし誰も居ない。
「一体何…」
「伏せろッ!」
瞬時に反応し、身を低くする。
ビュンッッ!
ガキンっ!
つい今し方まで須藤の顔があった位置を苦無が走り抜ける。そのまま南条に向かい飛ぶも、あっさり叩き落とされた。
「しつこいな…」
右手の木刀を構え直しながら呟く。
「…お客って…そういうコトか」
スッ、と転がっていた自分の木刀を拾い上げる。
ヒュッッ!ザザザッ!
外壁から、三人の人間が舞い降りる。いずれも黒装束に身を包み、表情は窺い知れなかった。
「…コイツら…あの時の」
須藤は敷島と初めて会った時の事を思い出していた。
―――奇十郎のオッサンの手下か!
だが、肝心の奇十郎の姿は見えなかった。
「須藤、気を付けろ。相当の手練だ」
侵入者達からごく僅かも視線を外さず須藤に警告する。
「わーってるって。油断大敵、ってヤツだろ?」
ニヤリと余裕の笑みを浮かべる。
本当に分かっているのか、と訝りながらも警戒は怠らない。
シャラン…。
三人の刺客が、一斉に自らの獲物を抜く。
「来るぞ!」
「おう!いらっしゃいませ!」
刺客が合図とばかりに地を蹴る!
ブンッッ!ヒュッッ!
振り下ろされる忍者刀を紙一重でかわし、カウンターの斬り払い。
だが相手も見切っていたのか、難なく回避される。
「んなろ…ッ!」
素早い動きに、須藤は翻弄されていた。
―――参ったな。軽くて調子が出ない…。
辛うじて敵の攻撃は回避していたが、ことごとくこちらの攻撃も回避されていた。
チラ、と南条の様子を見る。
流石の南条も、二対一では分が悪い様に窺えた。やはり防戦一方になっている。
―――くそっ…!
迫り来る斬撃をかわしつつ、如何にして眼前の敵を倒し加勢するか思案する。
―――コイツ…この前のヤツらより強い…!
ガギンッ!
無理矢理木刀で斬撃を弾き返す。
「おおらあッ!」
薙払いを叩き落とすと、相手目掛け飛び込む!
ブンッッ!決死の覚悟で繰り出した蹴りが、虚しく空を切る。
―――しまった!
空中で躰を捻り、来る筈の斬撃を回避しようと備える。
「くっ!」
ビシュッ!
切っ先が須藤の胸を掠める。直後着地し、後方へと飛び退く。
「痛つぅ…」
刀傷を左手で覆う。あまり深くは無さそうだった。
じゃり…。
目の前の刺客が、刀に付いた血を払おうともせずに構え直す。
―――こりゃマズいな…。何とかしねぇと…。
手にした木刀を見やる。先の斬撃で大きな傷が出来ていた。
―――折れちまうかな…。
「しょうがねぇな…」
ぽい、と木刀を放り投げる。
…須藤は諦めた訳では無かった。相手が刃物で、しかも相当の手練と見て、動き易さを重視したのだ。
「おい、オッサン!」
不意に目の前の刺客に語り掛ける。
「こっから先は、手加減出来ないぜ?」
大きく深呼吸。
「…死ぬ前に逃げな」
ズドンッッッ!
地面が大きくめり込む。
刺客が反応するよりも速く、間合いに入る。
「オラアッッ!」
ドゴンンンッ!
鳩尾に、強烈な掌底。クリティカルヒット、とでも言うのだろうか。
その一撃で、決していた。
「………」
グラッ…。ドサッ。
一言の呻きも無く、刺客が地面に沈む。
「死にゃあしないよ。手加減出来たから」
須藤はそう言い残し、未だ死闘を続ける南条の元へ駆けていった。
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「ハァァッ!」
迫り来る二つの斬撃を弾き返すと、鋭い突きを繰り出す。
ヒュヒュヒュヒュンッ!
「チィッ!」
今し方まで自らの間合いに在ったものが、既に間合いの外に逃れている。
―――こいつ等…。出来るな…。
南条は歯噛みをすると、次の攻撃に備え回避行動に移る。
ブンッッ!
「!」
一人の刺客が後方から苦無を投擲し、もう一人が突っ込んでくる!
―――波状攻撃…!
「ハッッ!」
カキンッ、と音を立て苦無が叩き落とされる。そのまま一人目を迎え撃つ。
―――…ここだ!
「ヤァァッ!」
半歩引き、カウンター。目論見は成功し、相手の胴を払う。
ドガッッ!
重さは無いものの、的確に急所を捉える。
ボキッ
肋が折れる鈍い音がした。
ズザザザー…。
そのまま転倒する刺客には目もくれず、二人目の刺客に自ら突撃する。
「オオオオッ!」
普段の凛とした声とは程遠い、地獄から響く様な声を発する。
ブンッッ!
ヒュンッ!
ガギャギャギャ!
横薙の刀に、無理矢理木刀で突き掛かる。
黒樫で拵えた木刀が真っ二つになっていく。このままでは持ち手まで真っ二つになる、という所で、
…ニヤリ。
南条が不気味な笑みを浮かべた。
「でやぁぁあ!」
ガゴンッッッ!
力の限りの、ヘッドバッド。
グラッ…。
意表を突かれた刺客がよろめく。
パッッ。
ほぼ根元まで裂けた木刀を手放す。
「ハァァッ!」
スパァァァン!
顔面に向け、あまりにも鋭い蹴りを炸裂させる。
フワッ…。ドサッッ!
一瞬体が宙に浮くと、そのまま地面へと落下する。…刺客は既に気絶していた。
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ザザザッ!
「ムッ!」
音の方向に振り向き構える。
「わっ!オレだオレ!」
見ると須藤が両手を空に突き出し立っていた。その様子に構えを解く。
「…須藤か。首尾は?」
「向こうでおねんねさ~」
肩越しに親指で自分が倒した刺客を指差す。
「そうか」
そこでまじまじと須藤の胸元を見る。
…切り裂かれた服の上から、赤い染みが浮き出てきていた。
「…苦戦したようだな。大丈夫か」
「ん?…こんなの掠り傷にもならねーよ。それより…」
ピッ、と南条を指差す。
「それ、大丈夫か?」
「??」
タラー…。
額から生暖かいモノが垂れてくる。
「血、出てるぞ」
「わ」
まるで少女の様な声を上げ背を向けた。
ゴソゴソ…。
ジーンズのポケットからハンカチを取り出し、手早く横長に折り畳む。
シュッ…。キュッ。
バンダナ様にして頭にきつく巻く。
「ふむ。これで良い」
位置を調整し、視界を遮らない様にする。
…ふと須藤を見ると、明らかに笑いを堪えていた。
「笑うんじゃあない。…お前の真似をしたらこうなった」
「くっくっ…あの頭突きか?」
どうやらさっきの闘いを見られていたようだ。
「ん…ゴホン。お前も止血をしろ」
もう一つハンカチを取り出そうとすると、
「あぁ良いよ。もう止まってる」
見れば確かに、出血は収まっているようだった。
「…む」
手を引っ込める。
「ならば行くぞ」
「へ?」
キョトンとした顔の須藤に続ける。
「本拠地に潜り込まれているのだ。どんな破壊工作がなされているかわからん」
「な、なるほど」
「行くぞ」
タッ。
赤く長い髪を揺らしながら駆ける。
「おうっ!」
須藤が後に続く。
―――侑子…無事でいてくれ…。
速力を上げ、駆けていく。




