狂気
スラリ。
手にした刀を抜く。
「………」
伊達 蒼琉は一人刀を愛でていた。
ヒュンっ。
型としては非常に緩慢に、ゆっくりと振る。
「…イイな。流石は村正」
ぼそりと、呪われている事で有名な刀の名を呟いた。
今彼が手にしているのは、刀匠村正、数少ない内の一振りだった。
「コイツぁ確かに、血が欲しくなる」
口元を思わず歪めながら、納刀する。
「だが、まだダメだ」
ポンポン、と柄を叩く。
「お楽しみは後にとっておかなきゃな」
ククク、と喉を鳴らす。
コンコンコン。
扉がノックされる。
「あん?…入んな」
「失礼致します」
現れたのは奇十郎であった。数歩歩み寄ると一礼する。
「蒼琉様…。依頼された兵、後一週間程で出揃う模様です」
「ハン…。随分かかったじゃねぇか」
自軍の勢力が後退し始める折り、蒼琉はすぐさま増員を決めていた。
「申し訳御座いません。装備の調達にやや時間が掛かりまして」
奇十郎は再度礼をする。
「最新鋭の…ってヤツか。キライじゃあねぇがな」
蒼琉が顎を掻く。
「お言葉ですが蒼琉様。時代は移ろう物です。当の昔から戦争も銃火器に依る戦いに…」
「あー分かった分かった、もうイイから。…んじゃあ次は十日後におっぱじめるか」
まだ奇十郎は何か言いたげだったが、観念して口を開く。
「畏まりました。連合全体に伝令を寄越します。……予定通り総力戦で宜しいので?」
トン、と刀を立たせる。
「あぁ。向こうさんもそろそろ痺れ切らしてるだろーからよ。いい加減決着付けねーとな」
再び口元を歪ませる。
「…畏まりました。では私は是にて」
「あぁ。頼むぜ」
…ぱたん。扉が閉まる。
「後十日か…。それまでお預けだとよ」
蒼琉は刀に呟くと、壁へと立てかけた。
―――やはり、あの方はおかしい。
奇十郎は自室へと向かいながら思考を巡らす。
―――今まで膠着状態にあった戦局が、一人の兵士で変わってしまってから、あの方は…。
ふぅ、と溜息を吐く。
「須藤 叢雲…やはり始末しておくべきであったか」
ガチャ…。
自室の扉を開ける。
「…手を打つか」
奇十郎は備え付けの内線に手を伸ばすと、何処かへと連絡をする。
かたん。連絡が終わり、受話器を置く。
「蒼琉様…。くれぐれも兵士達を失望めされるな…」
そう呟くと、その場を後にした。
彼、伊達 奇十郎は、かつて北海道有力者の分家であった。
一説に依ると、かつての戦国武将、『伊達 政宗』の子孫とされるが、系譜は既に失われ、詳細は定かでは無い。
しかし本家…、伊達 蒼琉を鑑みるに、その可能性は無きにしも非ずと家の者達は囁いている。その隻眼は、かつての伊達 政宗公を彷彿とさせた。
左目を失ったのは疱瘡では無く、少年期の事故だったが。
そんな蒼琉を、実の息子の様に奇十郎は可愛がり、その両親と見守ってきた。
だがある日、事件は起きた。
蒼琉の少年時代、深夜の屋敷に強盗が押し入り、両親を惨殺。
…だが蒼琉は生き残った。左目と引き換えに。
両親を殺した相手を、自らの手で殺したのだ。家の家宝であった刀を使って。
奇十郎が真っ先に駆けつけた時には、既に正視できぬ程斬り刻まれた強盗の死体と、血の海に佇む蒼琉の姿があった。
それから、蒼琉は刀に拘る様になった。来る日も来る日も、倉から刀を盗み出しては、山から動物を狩ってくる。
…思えば、既に蒼琉は狂っていたのかも知れない。
―――あの方が狂ってしまったのも、儂の責任か…。
奇十郎は、この闘いに負けた時、自ら命を棄てる事を選択した。




