覚悟
「こちら須藤。壁はブチ破ったぜ!」
ポッカリと風穴を開けた外壁を背に、須藤が無線に向かい喋る。
『了解。一度陣に戻れ。入れ違いに部隊を投入する』
無線からの南条の声に頷くと駆け出す。
「了解!」
ダダダダダ…!
追っ手が来る前に、と脱兎の如く森の中を駆け抜ける。
…遠く背後で怒号が聞こえたが、既に須藤は敵の手の届かぬ所へと逃げおおせていた。
「…ご苦労だったな、須藤」
陣へ帰還すると、中央部で南条が出迎える。
「へへっ。チョロいチョロい」
ニカッと須藤が歯を見せて笑う。
「フッ。次も頼むぞ」
南条は微笑すると部下に次々と指示を出す。
「…しばらく休んでいてくれ。次の行軍に参加してもらうのでな」
「あいよ。…所で」
「…どうした?」
「レイは休まないのか?」
その言葉に須藤を見返す。
「…私は大丈夫だ。戦局は流動的だからな。休んでいる暇は無いさ」
「うへぇ。隊長も大変だな。キツくないのか?」
「体に関しては問題無い。精神的にはややプレッシャーだがな。もう慣れた」
「ふうん…。何か手伝おうか?」
「…申し出は嬉しいが。これは私の仕事だ」
そう言って肩をすくめる。だがすぐ顔を上げ、
「そうだな…その代わりと言っては何だが、明日付き合って貰えるか?」
「お?デートか?」
須藤のその言葉に苦笑いを浮かべると、口を開く。
「まぁ、そんなものだ。明日朝十時に私達の家で待っていてくれ」
「りょーかい」
須藤はサッ、と敬礼をすると、笑顔を残しその場を後にした。
「さて、と」
南条は愛用している手帳にペンを走らせるのだった。
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フォォォォン…。
一台のバイクが、昼間のハイウェイを疾走していた。
運転しているのは南条である。フルフェイスヘルメットからは長く綺麗な髪が零れていた。
…そして、タンデムシートには須藤の姿があった。
「ち、ちょっと飛ばし過ぎじゃないか?」
同じくフルフェイスヘルメットをかぶった須藤が、風切り音と、唸るエンジン音に負けじと大声を張り上げ南条に問う。
『………』
しかし聞こえていないのか、南条は無言でアクセルを全開に開ける。
フォォォォォォォォン!!!
グングン加速する車体。スピードメーターは百八十キロをゆうに振り切っている。
「うおわあぁぁぁあ…!」
須藤の悲鳴を残し、バイクは走り去っていった。
「…何だ。違ったのか」
ヘルメットを脱ぐと、地面にへたり込む須藤に抑揚の無い声で語り掛ける。
「あ、当たり前だろ~」
ごろりと、地面にそのまま大の字になる。
「てっきり、『もっとスピード出せ』と言っているものだと」
「んなわきゃないだろ~」
倒れ込んだまま、肩で息をする須藤の様子に、くすり、と笑うと再び口を開く。
「分かった。帰りはゆっくりだな」
「ヨ、ヨロシク…」
天を仰いだまま手だけを起こし、ひらひらと振る。
「………」
不意の沈黙。
ザザッ…。
「………?」
須藤が体を起こすと、南条が背を向け、崖の縁へと立っていた。
「………」
「………」
しばしの沈黙。
…やがて南条が口を開く。
「……私は、ここからの眺めが好きでな」
南条の眼前には、広大な大地が広がっていた。
青々とした草原。
生い茂る森。
雪溶けに荒れ狂う濁流。
そして、何処までも広がる蒼い空。
「人は、文明によって進化した」
南条は続ける。
「だがそれは両刃の剣。この大地と同じ物を失いながら発展する。自分達の首を絞めているとも知らずに」
「………」
須藤は黙ったままだ。
「…だが人は、やり直す事が出来るはずだ。同じ、文明を持って。その為には…」
「闘いを終わらせる、だろ」
須藤は立ち上がると、服に着いた砂埃を払う。
「…そうだ」
ザッ…。
南条が振り返る。
「私はその為の礎になっても良いと思っている」
「…そりゃあ…」
何か言いかけた須藤を目で制する。
「闘いの中では、何時命を落とすとも限らない。…須藤」
「…な、何だよ…?」
ジッ、と須藤の目を見る。
「もしもの時は、お前に全てを任せる」
「ち、ちょっと待てよ」
両手を前に突き出し、ブンブンと振った。だが南条は構わず続ける。
「この三ヶ月、お前のお陰と言っても良い。だいぶ戦局は好転している」
「んなこと言ったって…。つーか縁起でもない事言うなよ!」
フ、と南条が笑う。
「大丈夫だ。私とてそうそう死ぬつもりは無い。覚悟の問題だ」
天高く昇る陽が、二人を照らしている。
「………」
「…フッ。リーダーは務まらないって顔だな」
須藤が腕を組む。
「ずっと一人だったからなぁ…。考えた事も無かった」
「大丈夫だ。もし…お前と、侑子だけになっても。上手くやっていけるさ」
「だーから、縁起でもねぇって」
苦笑いを浮かべる須藤に、つられて破顔する。
「……帰ろう。今日は話が出来て良かった」
「あぁ。そうだな。だいぶ面食らったデートになっちまった」
冷やかすように須藤がニカッと笑う。
「…そうか。そう言えばそうだったな。では帰りは食事をして帰ろう」
南条はニヤリとすると、ヘルメットをかぶった。
『須藤。もし…』
くぐもった声を南条が発する。
「んん?」
『いや、何でも無い。さ、帰ろう』
スタスタとバイクへと近付くと、颯爽と跨る。
カチャッ。ヴオンッ!
キーを回し、スターターに点火。
エンジンの振動が体を包む。
ス…。
南条はそっと、『刀』と描かれたエンブレムを撫でる。
「よっ…とお!」
須藤がタンデムシートに座ると、我に返る。
『行くぞ。シールドを閉じろ』
「あい~」
ガチャン、とヘルメットの前を下ろす。
ヴオンッ!ヴォォォオ!
勢い良く発進する。
『ぬわ!ちょ…』
ヴォォォォォオン!
一気にアクセルを開け加速する。
『安全運転わぁぁぁ……』
須藤の叫びも虚しく、あっという間にバイクは走り去っていった。




