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日常RPG

作者: 帰り

 

「……っは!?」

 しまった、寝坊した!?


 起きた瞬間やっちまったと思ったが、急げば何とかなりそうだ。

 何時もでは考えられないスピードで身支度を整える。朝食は諦めた。


 鏡で全身を確認、問題なし。

「うし、間に合う。っと。」

 忘れるところだった。

 普段かけない眼鏡を手に取る。


 寝坊の原因である昨晩の先輩との飲みで頼まれたのは、うちの会社で開発中の眼鏡型ウェアラブル端末の実用実験だった。


 毎日退屈だと愚痴る俺に、開発チームのリーダーである先輩に俺が適任だと渡されたんだが…。

 確か、『日常に冒険を!』をコンセプトに作られたんだっけ。

 見た目は普通の眼鏡だけどな、着ければわかるって先輩言ってたな。

 どれどれ。似合うかな?


「うわっ!?」

 さっきまで鏡にはスーツ姿の俺がうつっていたのに、某有名ゲームの勇者のコスプレをした俺がそこにいた。

「なんだこれ、すげぇ。」

 眼鏡を通すと見えるようだ。

 かけたり外したりして早着替えを楽しむ。

 俺が動けば服も連動するし、鏡に背を向けて振り向けば背中もしっかり作り込まれている。

 実際はスーツなので、触るとちゃんとスーツを着ている。

 なんか変な感じだ。


「て、遊んでる場合じゃない!」

 遅刻する!

 眼鏡をかけて慌てて家を出る。


「おぉっ。」

 外が凄いことになっているじゃないか。

 電柱が木に!歩道が石畳だ!車道には車の代わりに丸い大岩が土埃を上げて次々と転がって行く!

 眼鏡を外した現実はいつも通りの朝の住宅街なのに、なんというファンタジー!


 すれ違う人間にはもれなく動物の耳と尻尾が付いている。

 小学生のケモ耳はいいが、おっさんの猫耳とか誰得だよ。


 歩き慣れた鉄骨の橋がボロい吊り橋風になっていた。

 眼鏡を外した俺は悪くないと思う。正直凄く怖かったです。


 なんとかバス停にたどり着いた俺は思った。

 車が大岩ならバスはどうなるのか、岩に乗り込むのか?

 そんな俺をよそにバスは定時にやって来た。

 ………もふもふのネコ型バスが。

 先輩、これ版権とか大丈夫なんでしょうか。

 俺は会社の将来が不安になった。


 この眼鏡、試作品のせいか変化して見えるものと、そうでないものがあるみたいだ。

 家などの色んな形のある建物は普通に見える、コンビニは変化あり。レンガや木造の外観になっている。

 さしずめ道具屋ってとこか。

 あと、細かいところがそのままだからファンタジーと現代技術がごちゃごちゃな所がある。


 でもまあ、『日常に冒険を!』というコンセプトの商品としてはいいんじゃないかな。俺もなんだかんだ楽しんでるし。


 駅に着いた俺が、特に変化がない電車に飛び乗るまでは、そう思っていた。

 車内にとんでもない変化はあった。

 乗客がゾンビ化していた。死霊風のもいる。

 通勤時間にひしめき合うアンデッド系。泣きたくなった。

 こんな時にかぎって匂いの強烈な奴がいて、満員ゾンビ電車に埋もれる、青い顔の勇者が乗る地獄絵図が完成した。


 やっとのことで会社に到着。

 体力ゲージがあったなら、もう半分以下だろう。


 そんな俺に救いの姫様が現れた。

 わが社のNo.1美人、受付の高嶺さんだ。

 ドレスにティアラを乗せた高嶺さんが、今日も笑いかけてくれた。


 僅かに回復したのに、残念。次は魔女とエンカウントした。

 黒いとんがり帽子の下には、事務の女帝、いわゆるお局様がたいそうお怒りの様子。

「あのね、いつも言ってるでしょ?期限内に出してもらわないと困るの。」

 げ。そういえば署名して出してって言われてたやつがあったな、すっかり忘れていた。

 魔女の小言が始まる前に俺のターン。

「すいません僕、ちょっと急ぎの用事があるので。明日には必ず提出します、すいませんでした。」


 ゆうしゃは にげたした!


 そんな事をしていたら時間になってしまった、先輩の所に行く時間が無くなってしまったじゃないか。

 仕方ない、昼休みに行くか。


 ところが昼休み直前、トラブルが発生し昼飯どころじゃなくなった。

 俺の隣の鎧男が原因なんだが、俺には顔を覆う兜のせいでこいつが反省しているのかもよく分からない。

 たぶん、していないと思う。こいつはそういうやつだ、おそらく頭の中は、腹減った、だ。

 こいつが鎧に見えるのは、元々肉の鎧を着けているせいだろう。


 原理は分からないが、会社では特定の人物以外は通行人と同じ耳と尻尾がついているだけ、しかしこれがなかなか厄介で、同僚や上司にケモ耳と尻尾がついているんだぞ。

 笑いと吐き気を抑えるので必死だった。


 しかし鎧男ではないが俺も腹が減った、思えば朝から何も食べていない。

 もうじき帰れる。先輩と飯でも食いに行こう、一杯くらい奢って貰わないとな。


 そのつもりで先輩に連絡を入れた矢先、彼女から連絡が来た。

 先輩と同じ部署の子で社内恋愛中だ。


 ―今日何の日か知ってるよね?―

 と、彼女からの文章。はて?と悩んでいるともう一通。

 ―まさか、忘れてないよね?―

 …怒っている!俺の本能がヤバいと叫ぶ、だが何も出てこない!

 冷や汗が止まらない、少し間を開けて届いた通知を震える手で開いた。


 ―まさか私の誕生日に先輩と飲みに行こうなんてしてないよね―


 ひいぃぃぃ!!!

 やっちまった!完全にやっちまった!!

 終わった、俺終わった。ゲームオーバー俺。


 ―言い訳聞いてやるからさっさと来いや―

 デマシタ召喚呪文!

 俺はダッシュで先輩と共に居るだろう彼女の元へ向かった。


 眼鏡越しの彼女は魔王だった。

 どす黒いオーラの立ち上る魔王様だ。


 あ、これ、駄目なやつだ。

 そう悟った途端気が遠くなった。

 寝不足と空腹と疲れと緊張が限界をこえたようだ。



 …う。

「お~勇者よ死んでしまうとは情けない。なんてな。」

 俺、死んだ?いやいや。

「…先輩。」

「気がついたな、いきなりぶっ倒れたの覚えてるか?」

 俺気絶してたのか。


「買ってきました!」

 彼女が息を切らして寄ってきた。

「大丈夫?飲み物とか買ってきたから。」

 魔王じゃない、ちゃんと彼女だ。あ、眼鏡がないぞ。

「もう、先輩の実験に付き合わされてるなら言ってくれればよかったのに。」


「許してやってよ、俺が無理矢理付き合わせただけだからさ。」

 眼鏡はぷらぷらと振る先輩の手にあった。

「ちょっと!大事に扱って下さい!貴重な試験機なんですよ、勝手に持ち出して、何かあったらどうするんですか。」

「わるいわるい、だけどさ、いい実験結果が聞けると思うんだ。何せ1日着けたまま過ごしたのはこいつが初めてだからな。」


 あれ?俺思ったより大事に巻き込まれてた?


「思ったより負担がかかったみたいだから、報告は後日頼むよ。お疲れさん。」

 先輩はそう言うと、俺の肩をぽんぽんと叩いてさっさと帰ってしまった。

 相変わらず自由な人だな。


 彼女と二人きりになってしまった。気まずい。


「ホント心配したんだからね。」

「ご、ごめん。」

「誕生日、埋め合わせしてよね。」

「はい。ほんとうにすいませんでした。」

 良かった、とりあえずゲームオーバーは回避出来た。


「…ところで、何で私を見て倒れたのかな?何が見えたのかな?」


 あ、あれ?こてりと可愛らしく首をかしげる笑顔の彼女が魔王に見える。

 眼鏡してないのに、おかしいな。はは。


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