前編
「フィリーナ、あなたはそれでもオズワルト公爵の娘ですか。少しは、ワーレンを見習ったらどうなの!」
お母様はいつも通りです。一つ年上のお兄様と比べて非凡な私を叱るのです。
お兄様は優秀です。だけど、私だって怠けているわけではないのです。
「はい・・お母様、次こそご期待に添えるようにがんばりますわ。」
「あなたには愛想が尽きました、目障りです。」
そう言ってお母様は何か侍女に命令しています。
「お嬢様、今日からここがあなたの部屋です。あとはご自由に。」
私をここまで連れてきた侍女はそう言うと去っていきました。
「大丈夫、ベッドだってあるし掃除すれば何とかなる。夜になったらこっそり前の部屋からふとんとか運んでくれば大丈夫」
自分を励ますように呟きました。
掃除をしていると「ぐぅー」と令嬢らしからぬ音が鳴りました。
私は厨房に向かいます。
コックの機嫌がよかったで、今日はいっぱい食事がもらえました。たくさんのパンにお肉の入ったスープ、今日はご馳走です。
浮かれていた私は角を曲がったところでお父様とぶつかってしまい、お盆から食器が床に転げ落ちました。
スープが飛び散りお父様の服を汚します。
お父様は、私をいちべつしただけで何も言わずに去っていきました。近くにいたメイドがすぐにその場を片づけます。
私に残されたのは空のお盆だけ・・厨房に行っても、今度は食事をもらえないでしょう。
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私は12歳になり天国からお迎えが来ました。
いえ、死んでいませんよ。
「学園の寮生活、食堂で三食きちんと食べられるなんて・・」
「ごきげんようフィリーナ様、ご一緒してもよろしいですか。」
「ごきげんようエーリス様、コーネリア様もちろんですわ。」
私、お友達が出来たのです。シッグベル伯爵令嬢とラザフォート子爵令嬢です。
「いつも美味しそうにお食べになるのですね。」
「今日は、このふわふわ卵が絶品ですわ。」
「「フィリーナ様、かわいいです。」」
私は普通の12歳よりとても小さく、二人は妹のように接してくれます。
「お二人とも、お料理が覚めてしまいますわよ。」
お友達とのお食事はとっても美味しいです。
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エーリス様とコーネリア様が休学されました。
寄親のローランド侯爵家で問題がありお二人の家は今大変だそうです。
力のない私ではお二人に何もしてあげられませんが、励ましのお手紙を出しました。
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「待て、フィリーナ」
「ごきげんようワーレンお兄様、何か御用でしょうか。」
「まだ一度も家に帰っていないそうだな。公爵家の者が寮にいるだけで色々勘ぐられるのだ。たまには家に帰るようにせよ。」
「申し訳ございませんワーレンお兄様、ですがわたくしが家に手紙を出しても馬車の迎えは来ていただけないのです。歩いて帰るのは公爵家の者として問題があるかと思い遠慮しております。」
「言い訳をするな!」
「あ、あ、う、申し訳ございません。」
なんで家に帰っても私の部屋なんてもうないのに、どうしてなの。
「貴様は、ローランド侯爵の者とも仲が良いそうではないか、どれだけ迷惑をかければ気が済むのだ。」
廊下の向こうからどなたか近づいてきます。
アードル殿下とマリーンドロス侯爵令嬢です。
「あの、ワーレンお兄様、アードル殿下がいらっしゃったようです。」
「チッ、もう行ってよいこれ以上私に迷惑をかけるな。」
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もうすぐ春です。
私は今も三食付きの天国にいるはずです。
だけど、いつも美味しいはずの食事が美味しくありません。
寂しいです・・
「お元気がないようですが、どうされましたか?」
「・・・」
「失礼、急に声をおかして申し訳ありません。私は松平王国第四王子、サネトキ・マツダイラと申します。」
「わたくしオズワルト公爵の娘フィリーナです。」
「ご一緒してもよろしいですか?」
「は、はい」
男の方に話しかけられたことがない私はそう短く答えました。
「最近元気がないようなので気になっていたのです。」
「・・友人が休学してしまって・・一人で食べる食事はなぜか美味しくないのです。」
「そうでしたか、ならば私がご一緒しましょう。二人で食べれば解決ですね。」
「マツダイラ様」
「我らは友達でしょう、サネトキと呼んでください。」
「え、あ、はい、分かりましたわサネトキ様、わたくしのことはフィリーナとお呼びくださいませ。」
新たなお友達が出来ました、やっぱり学園は天国です。
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私は二年生になりました。
「フィリーナは新学期早々暗い顔だね。」
「ごきげんようサネトキ様、少し友人達のことを思い出しておりましたの。」
「そうか・・今日の朝食は、君の好きな卵料理じゃないか冷めないうちに食べようか。」
「はい、サネトキ様」
サネトキ様がいてくださるだから暗い顔しちゃだめです。
「ふわふわ卵最高です。」
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「フィリーナ」
「サネトキ様、何か御用でしょうか?」
「私は国に帰らねばならなくなったのだ。」
え、サネトキ様もいなくなるの。
「そんな、悲しい顔をしなくても大丈夫だよ。少し時間はかかるが必ず戻ってくるから。」
「サネトキ様、絶対、約束ですわよ。」
「フィリーナは、私が戻ってくるまで待っていてくれるかい。」
どうしたのでしょうか、お顔が赤いです・・
あ、これは違う、そういう事なの?
でもサネトキ様は、今までお友達としてしか考えていなかった。
でも、きっとサネトキ様が私をあの家から救い出してくれる王子様にちがいないです。
「いつまでもお帰りをお待ち申し上げております。」
私がそう言って微笑むと、サネトキ様も嬉しそうに笑ってくれました。
「ありがとう、父上を説得したら君のお父上に正式に申し込むから。」
「はい!」
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「サネトキ様」
「フィリーナ、見送りに来てくれたのだね。うれしいよ。」
私は帰ってきてくれると信じていますが、しばらく会えないと思うとうまく笑うことができません。
「そんな顔をしないでフィリーナ、そうだゆびきりをしよう。」
「“ゆびきり”とはなんですか?」
「フィリーナ、右手を」
私の手を取り小指と小指を絡めます。
「サネトキ様?」
「これは、我が国における最上級の約束を誓う儀式で、昔は本当に指を切っていたのだけど「ヒッ・・」大丈夫だよ。今はそんなことしないから。」
そう言うと必ず迎えに行くと約束してくださいました。
私には馬車に乗り込むサネトキ様のお姿が、なぜか滲んでよく見えませんでした。
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「オズワルト公爵令嬢、相席よろしいかしら。」
「・・・」
この人は、ローランド侯爵令嬢のエリザベス様、いつも意地悪な方です。
「ご存じかしら、サネトキ・マツダイラ様とアデーレ・イースガルド様のご結婚が決まったそうですわよ。」
「え、うそ。」
「先日松平王国から半年後の結婚式への招待状が陛下に届いたそうですわよ。あなた、捨てられたのね。」
「うそ、ありえない、あなたは嘘つきだ!」
「なんて見苦しいのでしょう。疑うのならご自分で調べてみたら。それではごきげんよう。」
その時はまだエリザベス様の嘘だと思っていました。
数日後サネトキ様から迎えには行けなくなったことを伝える、手紙が届きました。
「サネトキ様の嘘つき・・」