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ARCADIA ver.openβ≪Playing by Elz≫  作者: Wiz Craft
〆 第三章 『変わり行く世界』
99/242

 S29 天才児

 タゲ回し、それはエルツがかつてやっていたMMORPG「MQ<マスターズクエスト>」で学んだ戦術の一つだ。タゲ回しとはその名の通り、複数のプレイヤー間で敵がこちらに向けるターゲットを意図的に操作する行為を指す。

 MQでは敵対心(Hostility Mind)という概念が有り、こちらの「攻撃」「回復」「逃走」「挑発」といったありとあらゆる行動に対して、敵が持つ敵対心の値が割り振られている。敵対心は高ければ高いほど、モンスターの敵意を獲得している事になり、敵のターゲットを引き付ける事が出来る。プレイヤー達はそれを利用する事で、自らの敵対心をコントロールし、敵のターゲットを操る事が出来るのだ。

 だが、敵対心という概念が今一不明確なこの世界において、こうした戦術をまさか実際にこの目で見る事が出来るとは思わなかった。Mush Hopperの強い衝撃に対して反応するといった性質を活かした、まさに敵の特性を利用した戦術と言える。


――アップル隊員、わたしから七歩半離れよ――


 意味不明だったあの言葉の意味が今なら理解出来る。おそらくはパピィのあの言葉は、自分とアップルに七歩半の距離を置く事で、Mush Hopperが移動する五秒間という時間を確保したんだ。そして、その五秒間という時間が何を意味するのか、そう。間違いない、彼女はSTRING'S SHOTの溜めの時間を作ったんだ。


「全部、計算だったのか……?」


 エルツの言葉に無言でその視線を返すパピィ。

 そして、口を閉ざしたままゆっくりとエルツの元へと歩み寄ると彼女はいきなりエルツの頭を叩いた。


「馬鹿者ー!!!」


 突然のパピィの叫び声に目を白黒させるエルツ。


「開幕、STRING'S SHOTなんて誰が撃てと言ったー!」


 両手を広げ首を振るアップル。


「いや、ターゲットを自分に固定しようと思って……」


 エルツの言葉にはぁっと溜息をつくパピィ。


「アップル隊員、説明してあげなさい」

「はい!」


 そうしてアップルはエルツに向かって説明を始めた。


「キノコ星人は衝撃に対して反応するという特殊な性質があります」


 それは充分に理解してるつもりだった。


「ただし、これには一つの条件があります。一度衝撃を与えた場合、次に振り向かせる場合には、前回と同値、またはそれ以上の衝撃でないと振り向かせる事が出来ないのです。本来であれば、通常攻撃でも頭部にヒットさせれば敵のターゲットを取る事が出来るのですが、今の場合、エルツ隊員が開幕STRING'S SHOTを使用した事により、我々がターゲットを取るためにはSTRING'S SHOTと同様、またはそれ以上の衝撃を与える必要となりました」


 成る程、要約すれば、どうやら自分が思いっきり足を引っ張ったという事か。


「次回からはエルツ隊員にも作戦に加わってもらおー。陣形は三角陣トライアングル。名付けて!『キノコ星人を翻弄しようトライアングル大作戦!』」


 そのまんまのネーミングをそう高らかに宣言したパピィは続けて言った。


「なお、STRING'S SHOTはSPの無駄遣いとなるので極力使用は控えるべし。どうしてもという時にだけ使うようにぃ」


 今の話を聞けばつまり、通常攻撃でも今と同様のタゲ回しが出来るという事か。

 愕然とするエルツ。まさか、こんな狩りが成立するなんて夢にも思わなかった。確かにこれならば、木に登って狩場が固定されてしまう囮戦術より、獲物が居る場所に向かって流動的に狩場を移動できるこちらのタゲ回しという戦術の方が遥かに効率がいい。

 だが、同時にエルツはこの話を聞いて、不安を抱いていた。それは通常攻撃を頭部にヒットさせるという条件だ。止まっている獲物ならまだしも、動いている獲物に対して頭部を狙うなどとは至難の業だ。とても付け焼刃で出来るような技術に思えないのだが、本当に自分に出来るだろうか。

 そして、その疑問が浮かんだ時にもう一つの疑問が浮かんだ。

 それはパピィとアップルのあの連携力だ。二人はおそらく今日初めて出会った筈だ。なのに、この連携力はどこから生まれるのだろうか。確率としてアップルがあの時、STRING'S SHOTを外す可能性だってあった筈だ。無事成功したからいいものの、そのプレイヤースキルを計るタイミングはどこにも無かった筈だ。


「もし、あの時……作戦が機能しなかったらどうしたの?」


 エルツの言葉にパピィは腕を組んだまま、きょとんとした。あの時、という言葉に一瞬戸惑ったようだが、すぐに彼女は明朗快活な返答を口にした。


「うむ、木に登る、以上。他に質問は」


 その言葉に、不意を付かれたエルツ。そうか、確かに。その時になって逃げ出しても遅くはないだろう。完全に盲点だった。あどけないただの不可思議な少女と思っていたが、とんでもない。思わず、笑いを零すエルツ。


「どうした、エルツ隊員。キノコ星人の毒にでもヤラレタか?」

「いや、何でもないです、パピィ隊長。それより、今ので目が醒めました。改めて、今日はよろしくお願いしますよ、隊長」


 そのエルツの言葉に、笑みを浮かべるパピィ。


「よろしい、ついてきなさい!」


 不可思議な関係の中に生まれた奇妙な信頼。

 こんな子がこの世界には存在するのか。これだから、冒険は止められないんだ。


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