S22 クリスタル空間
そこは明るい輝きに満ちた空間だった。
立ち昇るLEの粒子を見つめながら、視界が真白に輝いた直後。上下左右を水晶のように美しい結晶体に囲まれた空間の中でエルツは漂っていた。
水晶越しにはついさっきまで自分が打ち付けられ倒れていた森の中の様子が映し出されていた。ふと見上げると、そこには森の木々の隙間から抜けた柔らかい日差しが、水晶を通して空間全体を照らし上げていた。
「ここは……一体?」
突然の状況に戸惑うエルツ。だが身体はフワフワと空間に漂うばかりで、まともに身体を動かす事も出来ない。その奇妙な感覚にエルツが必至にもがいていたその時だった。
前方から地響きを立ててやってくる足音。その存在に気づき、エルツは思わず身構えた。
――トロイだ!――
早く、ここから逃げなければ。そう思ってエルツは必至に身体を動かすが、身体はその結晶空間の中で無造作に泳ぐばかり。だが、眼前の脅威は着実にその身に迫っている。
近づいてくる足音。焦れば焦るほど、方向性の定まらない身体の動きに憤りながら、思わず顔を上げたその時、深緑の化け物は既に目の前まで迫っていた。
「くそ、動けよ!動け!!」
深緑の醜い顔が眼前を埋め、青白い瞳が覗く。
そして、エルツに目掛けて今ゆっくりとその手が伸ばされる。
――万事休すか――
エルツが思わず身を引いたその時だった。
トロイの手が水晶の視界の後方に伸び、そこから苔のまとわり付いた巨大な斧を拾うとそのまま背を向けて歩き始めた。
「あれ……?」
まるでエルツの存在など見えないかのように、そのまま森の奥へと去って行くトロイ。
何が起きたのか分からずただ呆然とエルツは深緑の背を見つめていた。
――どういう事なんだ?――
そうして、トロイの姿はいつしか視界から消えていた。一体今起きた現象は何だったのか。何故トロイはエルツの存在に見向きもせず立ち去ったのか。
エルツはどうする事も出来ない、その不思議な空間の中で、ただ漂い続けていた。
それから、間も無くの事だった。水晶を通した映像の中に、見覚えのある仲間達の姿が飛び込んできた。
「エルツさん!」
アリエスの叫び声。視界の中で目を伏せるユミルと膝をつくペルシアの姿。
そして、その横で悲しげに俯くのはミサだった。
――戻ってきたのか、皆。でも良かった、皆無事だったんだ――
皆の姿に安堵するエルツ。仲間達の姿を確認するとエルツはその口を開いた。
「皆、僕はここに居る!大丈夫だ!ただ変な空間に飛ばされて、抜け出せないんだ」
声を張り上げるエルツ。だが、外の皆には聞こえないようだった。
「くそ、聞こえないのか。どうしたらいいんだ」
そんなエルツの視界では、ポンキチが腰元から武器を抜いて森へと歩き始めた。
「ポンキチ君、どこへ行くつもりです」
そう問いかけるアリエスの前でポンキチは険しい表情を浮かべていた。
「決まってるでしょう。あのくそ野朗に一発ぶち込まないと気が済まない。あいつ、ぶっ殺してやる」
「冷静になるんだポンキチ君、エルツさんが何故犠牲になったのかその意味をよく考えるんです」
アリエスのその言葉に引っ掛かりを覚えるエルツ。
――犠牲?――
「悔しい気持ちは分かります。だけど、今の私達がトロイと戦っても到底勝てる相手じゃない。また犠牲者を増やすだけだ。残念だけど、あそこでエルツさんが身を張って制してくれなかったら、私達は全滅していた」
「くそ!」
武器を地面に打ちつけるポンキチ。そんな様子をトマはいたたまれない様子でただじっと見つめていた。
「これから、エルツくんはどうなってしまうんだい?」
トマの心配そうな言葉。
「死亡したプレイヤーは十五分間、その場にクリスタルとして結晶化し、その後自動的にHPへ転送されます。残念ながら、経験値-100というペナルティを背負って」
アリエスの言葉に俯く一同。
「ごめんね、皆。私の責任だ。私がこんなところに皆を連れて来なければ」
「ユミルさんの責任じゃありませんよ。おそらくバージョンアップでモンスターの活動範囲についても変更があったんですよ、きっと。そんな事、ここへ来るまでわかりませんし、今回の件については誰も責任を咎められませんよ」
皆の視線を受ける中、ようやくエルツは現在の自分の状況を悟った。
――そうか、僕は……死んだのか――