S18 三者択一
■双華の月 土刻 13■
Real Time 4/23 12:15
翌早朝、東門前にはそれぞれ準備を整えたメンバー一同が会していた。そこには新たな装備に身を包んだエルツの姿もあった。昨夜、皆と別れた後、エルツは一人魔法店LUNA LEEに向かい、コカトリス装備を購入していたのだった。コカトリス装備はLv7からの装備で、バロック装備と同様の防御力を誇りながら非常に軽い。今回使う武器が弓である事、冗談なのか本当なのか、木に登るという話も出てる事を考えると、こちらの装備の方が妥当だと判断したのだった。他に、Lv7から装備が可能になる武器として、重武器店Dinastonにて、両手剣フォルクスブレードを一本購入した。使う機会はあるかわからないが、念のためだ。
そんなエルツの新装備を見て、アリエスが感嘆の声を上げた。
「コカトリス装備揃えたんですね。すごいな」
「ちょっとお金に余裕があったんだ」
この装備を揃えられたのも、オルガさんの分配金のおかげだ。オルガさんの残したお金はかなりの金額があったらしいが、その全てを均等分配した場合、僕ら初心者にとってはゲームバランスを破壊する程の莫大な金額になる。それを危惧したシンさんからの提案で、一人に10000ELKを分配し、残りのお金についてはコミュニティ資金に回そうという話になったのだった。何よりオルガさんが信頼するシンさんからの提案であるし、誰も反対する者は居なかった。近々、コミュニティルームの拡張も考えているとの事で、その用途に疑いを掛ける必要など微塵も無い。何より10000ELKというお金だって、エルツにとっては信じられない程の大金だった。
コカトリスの羽帽子を触りながら、心の中で改めてオルガに礼をするエルツ。
――オルガさん、ありがとうございます――
昨夜、雑貨屋で会ったメンバーに加え、今日はユミルともう一人彼女が連れてきたパートナーのミサというLv9の女の子が加わっていた。金色の肩元まで流された髪。流された前髪で片方の瞳は隠されていたが、それでも整った目鼻立ちは隠しきれなかった。どこかミステリアスな可愛らしさを持った女の子。やや切れ長の紅い瞳がどことなく印象的だった。
「これはこれは麗しき姫君方、お初にお目に掛かりますポンキチです」
調子の良いポンキチの挨拶に笑みを返す彼女達。
そんな自己紹介を暫く交わした後、寝ぼけ眼を擦る一同の前でユミルが今回の目的についての確認を始めた。
「それじゃ、皆さーん!注目して下さい!まだ皆さん眠いと思いますが、すみませんね。一応予定としては今回日帰りというハードなスケジュールを立てているのですが、多分泊まりになる可能性が高いですので、あらかじめご了承くださーい」
皆の視線を一身に浴びながら、全く動じた様子も見せずに仕切り始めるユミルに、エルツは若干の感動を覚えていた。
「さて、今回の目的地ですが、皆さん既にご存知かと思いますが私達がこれから向うのは『トロイの森』です」
トロイの森についての説明を始めるユミル。今回目的地とするその森の名には由来があるらしい。直径3kmに渡って円上に広がる比較的小規模なその森の正式名はツァーレンウッド森林地帯と呼ばれる。だが、この森はいつしか冒険者達の間で二つ名を持つ事になる。その二つ名の由来となったモンスターこそ、噂に名高きToroi<トロイ>である。
初めて、トロイと遭遇した冒険者は決まって立ち竦むという。加えてその圧倒的な能力により、今まで幾多の冒険者達がその前に命を落としているという。森の守護者とも呼ばれるトロイは、現在では攻略が進み高Lv者にとってはソロ狩りも可能らしいが、低Lv者にとっては脅威となる。
「今回は、Lv9までのキノコをターゲットとするので、多少森の奥には入りますがToroiとは遭遇する可能性はありませんのでご安心下さい」
ユミルの言葉にほっと胸を撫で下ろすペルシア。
「大丈夫ですよ、たとえトロイだか、ノロマだか知りませんけど、もし遭遇したらお兄様が犠牲になってくれますよ。信じてますよボクは」とポンキチ。
「おい」
エルツの突っ込みに笑みを零す一同。
「可能性は無いと思いますけど、もしその時は私達が盾になりますのでその間に逃げて下さい」
笑顔でそう語るミサという女の子。そのはっきりとした口調から、年下ながらも明確な彼女の意志が伝わってきた。その言葉から推察するに、恐らく裏表の無いしっかり者なのだろうとエルツは勝手に分析していた。
「細かい説明はまた現地で。それじゃ、出発しましょー!」
そうして、説明も程ほどにすると、ユミルの掛け声と共に一同はいよいよ目的地へと目指して東門をくぐった。
ツァーレンウッド森林地帯まではスティアルーフの街から18km程の距離がある。今回は少しでも時間を短縮するため、森まで街から直線で結んだ軌跡、つまり最短距離を通って進む事にした。東エイビス平原を縦に割る事になるこの移動経路には当然モンスターも出るが、現在の一同にとって脅威になるモンスターは存在しない。ただアクティブモンスターに絡まれて一々戦闘を行っていては日が暮れてしまうため、そこは香水を使用して時間短縮を図る事にした。
街から遠く離れれば、そこに広がるは前後左右、果てない草原である。ユミルは持参した方位磁石でルートを確認しながら、ミサと共に一同を先導して行く。その姿は、今まではただの年下の女の子という視線で見つめていたが、何とも頼もしい姿に映った。ペルシアはそんなユミル達の後ろにぴったりと着いていきながら、彼女達と笑顔を交わしていた。
そんな女性陣を見つめながら、男性陣はというとポンキチを筆頭に下らない論議を展開していた。
「お兄様、ちょっと来て下さい」
「何、どしたの?」
ポンキチに手招きされて女性陣から少し距離を取り下がるエルツ。
「お兄様は、誰が好みですか」
「は?」
その質問に疑問符を満面に浮かべるエルツ。そんなエルツをアリエスとトマは助けを求めるような表情で見つめていた。
なるほど、どうやらポンキチは前を歩いている三人の女の子の中で誰が好みのタイプか、という質問で二人を困らせていたらしい。
「お兄様、聞いてくださいよ。この二人ったら、聞いても答えてくれないんですよ」
騒ぐポンキチに複雑な表情を見せるトマ。
「う〜ん、僕が答えたら、それはちょっとした犯罪じゃないかい?」
「そんな事ないですよ、それにもしも話ですから。もしもあの三人の中から絶対に選ばなきゃいけないとしたら、誰を選ぶって話ですよ」
うむ、実にポンキチらしい発想だが、トマさんはともかくアリエスはこの手の質問には絶対に答えそうにないタイプのように見受けられるが。
エルツはそんな事を考えながら失笑する。
「お兄様は答えてくれますよね。ねっ、お兄様!」
とうとう自分にも火の粉が降りかかってきたらしい。こうなったら何かしら答えないとポンキチは引かないだろう。さて、どう答えたものか。ボーイッシュなさばさばした性格のユミルか、どこかミステリアスな雰囲気の漂うミサか、それとも、おしとやかで一番女の子らしい性格のペルシアか。エルツはふぅっと一息つき、そしてこう言った。
「みんな可愛いよ。自分には選べないな」
「お兄様、それは一番無難に見えて、一番危険な答えですよ。色男に限ってそういう発言するんです。それは男の風上にもおけない発言です。訂正して下さい!」
この小僧は一体どうしたいのか。嫌でも答えさせたいらしい。
笑いながら纏わりつくポンキチを払い除けるように呟くエルツ。
「ああ、五月蝿い。じゃあポンキチはあの三人の中だったら誰を選ぶのさ」
エルツの言葉にピタリと動きを止めるポンキチ。
「ボクですか?」
エルツの返しに不自然な程、急におとなしくなるポンキチ。その姿にアリエスとトマが横で失笑を漏らす。
「ボクはお兄様一筋ですから」
「お前、一番汚い答えじゃないか!」
エルツが笑いながらそう声を張り上げると、ポンキチが「ボクは本気でし!」とまた声を張り上げた。その様子に前の女性陣が何事かと一瞬振り返る。
慌てて、声のトーンを下げる一同。
「ほら、危うく勘付かれるところでしたよ」とポンキチ。
「誰のせいだ」
我ながら若い会話に巻き込まれたものだと、エルツは失笑に絶えなかったが、それでもこうした会話を絶えずポンキチが提供してくる事で、道中は退屈せず賑やかだった。
狩り場偵察という名目のピクニックという今回のコンセプトを考えれば、今のところは実に順調な行幸が保たれていた。