S16 ピクニック計画
■双華の月 土刻 12■
Real Time 4/23 11:46
あのメンテナンス後も、雑談掲示板では暫く加熱した反対派の熱は収まらなかったが、それも時間の問題だった。隠し効果が消え、喫煙が個人の自己責任の問題となった今、それはこの世界での飲酒の問題と比較して変わらない。ここで、喫煙の完全撤廃を求めるならば、飲酒に対してもまた同様の対応が求められる事になる。最終的に、反対派が出した結論は、こうした自己管理の枠を越えた特に未成年が影響を受けるであろうアイテムの仕様に関しては、より細分化された定義とその対応を求める、という形で事態は収束しつつあった。
世界がそんな変化を見せる中、エルツはというと仲間達と共にLv上げにいそしみ、とうとう念願のLv7へと到達したのだった。Lv7から、このLv帯からの狩りの難易度は今までと比較して跳ね上がる。狩場も分岐化し、その内容はいよいよ本格的なパーティープレイが必要となってくる。
レベルを上げたその日、珍しく今朝は雨が降った。昼からはすぐにまた晴れた青空が広がったが、おかげで今日は午後から湿気が高くジメジメと蒸し暑い一日となったのだった。夕方、狩場から帰還したエルツがコミュニティルームへと顔を出すと部屋にはユミルと子供達三人の姿だけだった。今月に入ってから皆活発にLv上げに出向くようになったのだ。そのため狩場が遠くキャンプを必要とする高レベル組は皆出払っているようだった。
「エルツさん、Lv7になったんですか!? すごい!」
驚嘆の声を上げるユミル。
「私なんてつい最近ようやくLv8になれたばっかりなのに。この分だとすぐに追い抜かされちゃいますね」
暑さと湿気のせいか、ぐったりとソファーでうつ伏せに寝転ぶ子供達を横目にソファーに腰掛けるエルツ。
「でも、ここからが大変なんでしょ? 攻略掲示板見る限り、かなりキツそうだったけど」
「そうですね、Lv7以降は狙う獲物も強力になっていくので、かなり注意が必要ですよ。私なんてLv7の時に三回も死んじゃいましたし」
穏やかでないユミルの発言。
「え、さ……三回死亡? あのさ、そう言えば死ぬとこの世界ってどうなるの?何かペナルティあるの?」
「勿論ありますよ」
そう言って苦笑いを浮かべるユミル。
「経験値-100です」
はっきりとした口調で言い放たれたその言葉。経験値はレベル帯に限らず100を上限として、上限値に達するとレベルが1上がる。つまり、経験値-100、という事は確実にレベルダウンすると捉えて間違いない。つまりLv-1だ。
レベルを1上げるのにかかる労力と期間を考えると、これはかなり厳しいペナルティのようにエルツは感じた。
「厳しいね……じゃユミルは今までLv6を四回繰り返したんだ? 可哀想に……自分も他人事じゃないだけに怖いな」
「回数はちょっとわからないですけど、そのくらい繰り返したかもしれないです。でも私はその前にも死んでるので。エルツさんはここまでノーミスですよね。だから、大丈夫ですよ。きっとすぐにレベル上がっちゃいますよ」
そう言ってエルツに微笑み掛けるユミル。
折角だから、この機会に今後の狩場について色々ユミルに聞いておこう。
「Lv7からだけど、攻略掲示板ではトロイの森ってとこでキノコを狩るといいって書いてあったんだけど。やっぱりそれが一番いいのかな?」
「そうですね、弓が使えるならトロイの森でのキノコ狩りが一番楽だと思いますよ。ただあまり近づいたり近づかれたりすると胞子の毒を貰っちゃうので注意です。接近戦に自信があるなら西エイビスでワイルドファングを狩るのもいいと思いますけど、かなり素早い上に攻撃力も高いので、気をつけないとあっという間にやられちゃいますね。ちなみに私はやられました」
やはりユミルの話を聞いても、今回は事前に入念なシミュレートが必要なようだ。
「やっぱりまずはそのトロイの森って方が無難かな」
エルツが腕を組んで頭を悩ませていたその時、ふとユミルが予想していなかった一言を口にした。
「もし良ければ明日、私が森の中案内しましょうか?土刻は祝日ですし、時間もたっぷりあるので。キノコのLv7〜9なので、狩り方によってはソロでも狩れますよ。ただ木の上登らなくちゃいけませんけど。木登りできます?」
そう言って笑い掛けてくるユミルにエルツも笑みを返した。
そうか、現実は今日は祝日なのか。
「いや、木登りは大丈夫だけど本当にいいの?」
「はい、明日から数日は特に予定もないので大丈夫ですよ」
これは願ってもない申し出だった。エルツはふと脳裏を過ぎった人物達の事を思い浮かべ、ユミルに声を掛ける。
「あのさ、図々しくて申し訳ないんだけど、もし良ければフレンドも誘っていいかな?一緒にLv7になった子達が居るんだ。あとキノコのLv7〜9って事は、Lv6の人達ももしかして誘って大丈夫?」
「ええ、構いませんよ。Lv6の人達はちょっと厳しい狩りになるかもしれませんけど。それじゃ私も折角だから友達誘ってみようかな。ピクニック気分で行きましょうか」
ピクニック気分という素敵な響きにエルツは少し胸が躍るのを感じた。
「あ、そうだ。一応日帰りの予定ですけど。万が一の事も考えてペンタロンでキャンプセット買っておいてもらえますか?じゃないと草原に直寝になっちゃうので。お友達の皆さんにも伝えておいて下さい」
「了解。なるほど、そうか。トロイの森って結構遠いんだよね。ここから歩いて四、五時間かかるんだっけ?」
エルツの言葉にユミルは頷いた。
「早めに歩けば3時間半くらいで着けますよ。かなりハードですけど。一応、明日は朝の6:00出発で行きましょう」
AM6:00出発か。かなり早いな。けれども折角の好意を朝起きれないなどという不実な理由でつき返せる訳もない。エルツはユミルに深く礼を言い、そしてコミュニティルームに背を向ける。コミュニティルームを出る間際、ユミルは一言付け加えるように言った。
「そうだ、ペンタロンでもう一つ買っておいて欲しい重要なものがありました。『解毒剤』を必ず買っておいて下さいね。出来れば数個、万が一の事もあるので、多めにあると安心です」
「了解、必ず買っておくよ」
そうして、エルツはコミュニティルームを後にした。