S15 屋台市 with Aries & Toma
コカトリス狩りから帰ったエルツはB&Bでシャワーを浴びる前に、二通のメールを送っていた。
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差出人 Elz
宛先 Aries,Toma
題名 夕食のお誘い
本文 お久しぶり。元気にしてますか?
急ですけど、良かったら今夜夕飯一緒にどうです。
良かったらまた湯揚で会いませんか?
どちらにしろ僕は一人でもそこで食べる予定なので、
来れない場合でも返信は結構です。こっちの勝手なお誘いですし(笑)
僕は18:30から向こうに居る予定です。
それでは、予定が宜しければ是非。
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屋台市は相変わらずの盛況ぶりだった。
予定より早めの時間についたエルツは席に着くと、申し訳ないとは思いながらも、とりあえず来るか分からない来客をただじっと待つのもなんなので、肉皿とビールを注文する。現れた肉皿をつつきながら独りちびちびとビールを進めるエルツ。
「ああ、うまい。ウィルじゃないけど、この一杯のために生きてると言っても過言じゃないな」
狩り後の一杯、そんな至福の時を暫く一人で過していると、ポンポンと後ろから肩を叩かれた。振り向くとそこには馴染みのある顔が二人。
「ああ、お久しぶりです!すみません。こっちから誘ったのに先始めてました」
「お気にせず、隣いいですか?」とアリエス。
エルツは勿論と言って二人に座る事を促す。
「元気だったかい?」とトマ。
「ええ、お二人も元気そうで何より。トマさんコミュニティはどうですか?」
「おかげさまで最高だよ。こうしてアリエスと出会えたのも君のおかげだからね。本当に感謝してるよ」
そう言ってトマは席に着くと、エルツに微笑みかけた。
「先月末から会ってないから10日振りくらいか。その間どうだい。何か変わった事はあったかい」
「ええ、月末から結構色んな出来事があって、何から話せばいいものやらって感じですね。そんな面白い話は無いですけど」
そう微笑みながらパーソナルブックを開くエルツ。
「あ、お二人。今日は僕が奢るんで注文は僕通してください。まずビールでいいですよね?」
「え、いやビールは構わないんだけど。それは悪いよ」とトマ。
「そうですよ、そんな気遣って頂かなくて結構ですよ。私達も来たくてここへ来たんですから」
そう言ってパーソナルブックを広げる二人に、エルツは先にビールを二つ注文して差し出した。
「誘った側の顔も少し立たせてよ。せめて初めの一杯くらいは」
差し出されたジョッキを前に顔を見合わせる二人。
「それじゃ……お言葉に甘えて」
そうして、二人は笑顔をエルツに向けた。
それから、肉皿をツマミに酒を進める一同。
始めに出た話題は、やはりバージョンアップの話だった。
「今回のバージョンアップ、やっぱり反響が大きかったのは香煙草ですかね」とアリエス。
「ああ、そんなに反響あったんだ?連日並んでるもんね」
ジョッキを片手にそう尋ね返すエルツ。
「いい意味での反響は勿論あるんですけど、ここで問題なのは悪い意味での反響ですね。今CITY BBSの雑談掲示板は大荒れですよ」
「え……そうなの?いつも攻略掲示板ばかり見てたから」
そう言ってエルツはジョッキを下ろした。
「実は今回のバージョンアップで導入された香煙草に隠し効果がついてたらしいんですよ」
「隠し効果?」
アリエス曰く、今回のバージョンアップで導入された香煙草にはステータスの上下効果がついていたらしいのだ。ふと隣でパーソナルブックを開いたトマが一枚のカードを取り出してみせた。
「Realize」
ボイスコマンドと共に、小さな香煙草のケースがトマの手の中に発現する。夜空を描いた下地の上に浮かぶ無数の星々が描かれたそのパッケージには、SPEED STAR<スピードスター>とそう銘柄が打たれてあった。
「香煙草の種類によって効果は変わるらしいんだけどね。このSPEED STARに限って言えば、敏捷力が+1される代わりに物理防御力が-3される。効果は一本につき30分」とトマ。
「性能としては皆マイナス効果の方が強いみたいなんですけど、それでもステータス特化という意味で使えば、これは有効なアイテムになります」
アリエスの言う通りだ。それにそんな隠し効果なんてつけたら、喫煙しない者にとっても吸うきっかけになる。これじゃ喫煙を助長してるようなもんじゃないか。運営者達は一体何を考えているのか。
「そんな喫煙を助長するような効果を何で……?」
「それが、この問題の論点ですよ」
アリエスの言葉にじっと耳を傾けるエルツ。
「ただ吸う者と吸わない者、煙草を趣向の範囲の価値に収めるならばこんな隠し効果なんて必要無かったんです」
全くその通りだと、エルツは思った。
「もし、香煙草に付加価値など付けなければ、反対派もここまで強く問題視はしなかったはずです。まあ、それでも未成年の喫煙、ポイ捨てなどモラルの観点から言えば、問題は尽きないですが。それでも、許容の範囲だったはずです」
アリエスの言う事はよく分かる。非喫煙者の自分としては、正直香煙草の件については、少々の抵抗はあったものの認可の範囲だった。だが、それも隠し効果という付加価値がついてくると話は変わる。
「現在、反対派は全面的に香煙草の存在を運営側に撤廃するように求めています。このARCADIAという理想の世界において、存在そのものが疑問視されてるわけです」
「喫煙者の僕としては、全く耳が痛い話だよ。僕としては吸えればそれだけでいいのにね」
トマさんの言う事もよく分かる。喫煙者だってこんな状況は望んでいるわけは無い。ただどちらかというと、エルツは反対派の意見に賛成だった。喫煙者の言い分も勿論分かるのだが、やはり香煙草という存在はこのARCADIAという世界観にとってどうしてもマイナスイメージになってしまうような気がしてならない。反対派だって悪気はないのだ。ただ、この理想世界を守ろうと必至なだけなんだ。そういう意味では喫煙者も非喫煙者もそうした気持ちは一緒の筈。
だが、こうなってしまった以上事態はただでは済まないだろう。
「今回はちょっとD.C社の企画者達の穴が露呈される事件となってしまいましたね。少なくとも、運営側で何かしらの対応措置が取られない限りこの問題はもう収まらないでしょう」
企画者達の穴か。エルツはその言葉に自分がゲーム会社に居た頃を思い出していた。
運営側も実際はプレイヤーと同じ人間である。コンピューターと違って自らの脳を使ってコンテンツを生み出すその結果、良かれと思ってやった事が裏目に出るというのは多々ある事だ。とはいえ、話を聞く限り今回の件については少しお粗末過ぎる内容だった。
「残念だな、本当に」
そう呟くエルツ。それはエルツにとっては他人事ではない心からの呟きだった。
「なんか暗い話題出しちゃいましたね、すみません」
「いや、そんな事ないよ。知れて良かったよ。無知が一番怖いからさ」
そうして、エルツは話題を切り替えるため、ふとパーソナルブックを開いた。
「そうだ、二人に渡そうと思ってたものがあったんだ。あんまり大したものじゃないんだけど」
そうして、エルツは二人に向けてメールを送信する。
「この間って言ってもつい最近なんだけど、このLv帯で有効だって言われてるソロの狩場に行ってきてさ。自分よがりな内容で申し訳ないんだけどレポートにまとめたんだ。だから、それを二人に渡そうと思って」
エルツの言葉にメールの内容を確認し始める二人。
「これラクトン採掘場とシトラス海岸のレポートですか」
当惑の表情を浮かべるトマにアリエスは説明を始める。
「Lv5〜6で有効だとされてる一部の間では有名な狩場なんですよここ。私も前々から興味はあったんですけど、なかなか行く決心がつかなくて」
「へぇ、そうなんだ。このラクトン採掘場の23って経験値って……すごいね。これ本当にソロの数値かい?」
なんだか、こんな嬉しいリアクションを昼も返してもらった気がする。エルツは顔を綻ばせながら笑顔で頷いた。
「これは、本当にありがたいです。ありがとうございますエルツさん」
「いや、お礼なんていいんだ。本当ただの自己満足のつもりだったから喜んでもらえて本当に嬉しいよ。本当はあとコカ狩りのレポートがあれば三つ比較が出来ていいんだけど」
笑顔を交わす三人。エルツの好意を二人は充分に喜んでくれたようだった。
そうして話題は他愛もない談笑へと移り変わってゆく。
夜が深まる頃まで、その日屋台市には笑顔で語り合う三人の姿があった。