S9 VS Tunneler<トンネラー>
柔らかな土を踏みしめながら、なるべく物音を立てないようにエルツはその空間の中へと侵入した。目の前にはミミズと戯れる、その様子は見ようによっては愛らしくも見える。団子のような丸い灰色の頭にくっついた丸みを帯びた肢体。その肢体についた短い腕の先には黒光りする鋭い爪がついていた。
「こいつがトンネラーか」
赤銅の剣と盾を構えてじりじりとにじり寄るエルツ。細い狐目とまるで黒塗りのピンポン玉のような鼻をつけたその生物の正面に立っても何らエルツに興味は示されない。それもその筈、このトンネラーというモンスターは暗い地下で生活しているせいか眼球が退化しており、その視力は盲目に近い。また聴覚においても非常に劣っており、唯一機能している嗅覚を働かせる事で、あのようにミミズを追っているようだ。しかし、その嗅覚でさえも半径一メートルという極めて狭い範囲に限られている。従ってアクティブモンスターではあるものの、その索敵能力は極めて低く、こうして間近に迫った今も呑気にミミズとじゃれあうその姿は、有無を言わさず無情な先制攻撃を仕掛けるにはあまりにも愛らしい姿であった。
「悪く思わないでくれよ」
ミミズを追いかけてふとエルツの足元に飛びついたトンネラーがようやくエルツの存在に気づいた。同時に鋭いその爪をエルツに向かって振り翳し威嚇する。これで、ようやくお互い戦闘体勢が整ったな。やっぱりいきなり斬りつけるのはこの愛らしい生物に対してはフェアじゃない。ここは正々堂々と狩りたいものだ、などと訳の分からない美学を打ち立てながらエルツはトンネラーへバロックソードを振り翳す。
「行くぞ」
エルツの斬撃に対し、何ら防御の構えも見せないトンネラー。噂通り、視力の弱いこのモンスターは防御という動作が極端に苦手なのだ。ただ獲物に向かってその爪を突き立てる事以外の動作には長けていない。エルツの斬撃をまともに受け、LEの光が暗い洞窟内に拡散する。
頭を抑えながら、必至にエルツの姿を嗅覚で追うトンネラー。だが、その姿を見つけられずトンネラーはキョロキョロと必死に辺りにその丸い鼻を振り回している。トンネラーがエルツを見つけられない訳、それはエルツが嗅覚範囲(一メートル)の外側に居るからに他ならない。エルツは斬撃を繰り出した直後、素早く射程外へと離れていたのだった。半径一メートルのギリギリの間合い、それがこのトンネラーというモンスターと戦う上での重要な間合いになる。射程外の攻撃ならば、弓で攻撃すれば良いと思うかもしれない。だが、このトンネラーというモンスター、非常に臆病な生き物で、嗅覚範囲に対象者が存在せずに攻撃を受けた場合、地面に潜ってしまうのだ。故に、トンネラーが地面を掘るモーションを見せた瞬間に攻撃を加えられるよう、この一メートルという距離が重要な役割を示す事になる。近寄らず離れず、その意味合いではこのモンスターと戦う場合は、槍が一番適している。
「ごめんな」
エルツはそう呟きながらも、一切手を抜かずトンネラーに攻撃を加えていく。討伐する上で、全力を尽くす事、それがせめてもの礼儀だろう。エルツは哀れにも何も出来ないまま粒子化するトンネラーを見つめながら、次の獲物へとまた目を向ける。
ここが狩場として推奨された理由が段々と分かってきた。確かに、ここならば安全に獲物を狩る事が出来る。加えて、このトンネラーというモンスターは非常に狩りやすい。コツさえ掴めばノーダメージで倒す事もそう難しくない。さらに、この狩場の最大の利点として獲物を探す手間が無いという事だ。倒してから五分間隔で再出現するこの部屋では、コカトリス狩りのように獲物を探しに行く手間が省けるのだ。この差はかなり大きい。
大体一匹を狩るのに掛かる時間は平均三分といったところだった。部屋の三匹を狩り終えるまで十分程、その間に初めに狩った獲物は順に再出現して行くため、ほぼエンドレスに狩り続けることが出来る。十分で三匹ならば、単純計算すれば一時間に十八匹という事になるが、実際は合間の微妙な休みや再出現の噛み合わせで一五匹弱といったところだった。ここでのトンネラーのLv帯は5〜6のため、一五匹弱狩ったうち平均七匹が入手経験値となる。Lv6という微妙なLv帯でセパレイトパーティでコカトリス狩りをした場合、西エイビス平原のLv6のコカトリスの生息数は少ないので一時間に六匹というハイペースで飛ばしたとしても、入手できる経験値は「3(倒した中でLv6のコカトリスの匹数)」を得られれば良い方である。その数値を考えればここでの時給「7」という経験値はとてつもない数値であった。単純に考えてコカトリス狩りの二倍以上の効率を生む事が出来る。しかもソロ狩りという条件で。
それからこの日は三時間の狩りで経験値「23」というとてつもない数字を弾き出し、エルツは確かな手応えと成果を持って街へと帰還するのだった。