S6 香水店 『Selifer Launce Violette』
■双華の月 土刻 3■
>> Real Time 4/23 2:21
一頻りバージョンアップを満喫したエルツは、この日からLv上げへと戻る事にした。フレンドリストの仲間達にメールを送ろうかとも思ったが、今はまだバージョンアップ直後であるし、色々とやる事もあるだろう。そう考えてエルツは新たな狩場を求めて一人旅立つ事にしたのだった。
CITY BBSでこのLv帯の狩場を検索したところ、出てくる言葉はやはり「コカトリス」が主だったが、その他に高難易度の狩場として「ラクトン採掘場」「シトラス海岸」といったエリア名も見受けられた。
晴れた青空の元、中央広場の白ベンチにてエルツは画面に現れた二つの狩場の情報を見つめながら一人唸りを上げる。
「どうしよっかなぁ……」
攻略BBSの情報に由れば、ラクトン採掘場では「Tunneler」と呼ばれるモグラ族を。シトラス海岸では「Cutter」と呼ばれる蟹を。前者は鋭い爪に依って攻撃力は高いが防御面ではやや脆いという。だがリンクする危険もあるらしい。後者はリンクの危険性は無いが防御力が非常に高く武器を選ぶモンスターのようだった。どちらの狩場にも共通して言える事は周囲にアクティブのモンスターが多く非常に絡まれやすい、という事だ。エルツの現在の主要武器が剣と弓である事を考えると、後者の蟹はここでは避けた方が賢明だろうか。
目的地をラクトン採掘場に定めたところでエルツは静かに立ち上がった。向かうは東エイビス、ラクトン採掘場へ。エルツは今東門を目指し歩き始める、と思いきやその足は逆方向の繁華街へと向かっていた。
念には念を、ソロでの戦いにおいて重要な事は入念な準備と計画性である。無謀に突っ込んで身体で情報を集める事を否定はしないが、どうせなら初めに集められるだけ情報を集めておいて損をする事はないだろう。仮想世界とはいえ無闇に死体になるのはご免である。
BBSで得た情報を元に向かう先、繁華街を少し歩いたあるショップの前で立ち止まると、エルツは店の中へと消えた。店先に掲げられた看板。
――香水店「Selifer Launce Violette」――
中へ入ると、そこには香り豊かな優しい空間が。香水ブランド店らしく、美しいレイアウトで様々な小瓶が並べられていた。文字通りの香水店である。そんなところに何故エルツが用があるのか、甚だしく疑問なその理由についてはこの香水というアイテムに隠された効果にある。
透き通るような特殊素材の小瓶に詰められた色彩を見つめながら、エルツはBBSで調べた香水のネームを指で追っていた。
「え〜と、Undineじゃないこれ水属性だから植物系だもんな。探してやるやつはこれじゃなくて……どこだ。あ、あった」
そうして、指差された小瓶にはIxionと銘が刻まれていた。十振り278ELKという高値にも関わらず迷わずに購入ボタンを押すエルツ。
「よし、これでリンク対策はオーケーと」
エルツがさり気なく呟いたその言葉。そう、エルツが柄でもなくここへ香水を買いに来たその理由。それはモンスターのリンク対策にあった。ラクトン採掘場に入る際、必須になるというそのアイテム。ここで売っている香水にはそれぞれSalamander<火>、Undine<水>・Titan<土>・Silpheed<風>・Ixion<雷>の五種類の属性効果がある。属性にはそれぞれ相関関係が有り、それは術者ならば誰もが知っている因果律「火と水は相反し、土は雷に、風は土に、雷は風に対して優位」という図式が成り立っている。香水にはこの図式が示す通り属性効果に従ってモンスターを引き寄せ、または寄せ付けなくする効果があるのだ。
この情報を入手したエルツは、まずトンネラーが存在するラクトン採掘場のモンスターの属性を攻略BBSから洗い出した。するとラクトン採掘場には、トンネラーが出現する狩場に到達するまでに一つ危険なポイントが存在するという。そこに生息するモンスターが風属性のため、風に対して優位属性である雷の属性効果を持つIxionを振り掛ければ、自ずとそのモンスターは自分を避ける事になる。だが、ここで間違って劣位属性である土の属性効果を持つTitanでも購入しようものなら、採掘場での大リンクは免れないだろう。この属性相関図さえ覚えていれば、この香水というアイテムは強力なリンク対策用のアイテムとなるのである。エルツは購入した品物を確認するとパーソナルブックを閉じた。
買い物を済ませたエルツが今ここにいる理由は無い。足早に店から出たその足取りは今を以って東門へと向けられるのだった。