S1 Version UP<バージョンアップ>
■双華の月 土刻 1■
>> Real Time 4/23 0:25
創世暦1年 双華 土刻 1 AM10:00分。
この日、パーソナルにブックに送られてきた一通のメール。
――バージョンアップのお知らせ――
表題にはそう名付けられていた。昨晩は夜遅くまでコミュニティルームで仲間と過ごしていたせいか、寝ぼけ眼を擦りながらエルツはその内容に目を通して行く。
「バージョン……アップ……?」
メールに目を通して暫くすると、画面に一つのメッセンジャーのウィンドウがポップアップする。
「スウィフトか」
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Elzが参加しました
参加者:Elz Swift
Swift:おはー
Elz:おはよう。どしたの?
Swift:システムメール見た?
Elz:ああ、見たよ
Swift:そっか、なら話が早いや。これから一緒にオークションハウス見に行かない?
Elz:オークションハウス? ああ、追加されたってやつ?
Swift:うん、そうそう
Elz:ちょっと待って。ダッシュで用意するから
Swift:オーケー。じゃ10時半にギルド前噴水で待ち合わせようよ
Elz:了解。じゃまた後で
Swift:うん、待ってるよ
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シャワーを浴び、待ち合わせの時間にギルド前の噴水へ向かうと、そこには女神像前の縁で笑顔で談笑を交すスウィフトとリンスの姿があった。
「ごめん、待たせた?」
「いや、別に誘ったのこっちだし、それに話し込んでたから全然待ってないよ」
そう笑顔で返すスウィフトにエルツも笑みを返す。
「それより、バージョンアップだってさ」
「うん、らしいね」
出店で眠気覚ましのグレープフルーツジュースを購入しながら、エルツはそう答えた。
「事前の情報公開無かったみたいだね。CITY BBSの雑談掲示板、今祭りだとか言って盛り上がってるよ」
「祭りって」と笑みを溢すスウィフト。
グレープフルーツジュースを口に含みながら、パーソナルブックを開くエルツ。
「今回のバージョンアップってどうなんだろう。祭りって言うくらいだから結構大きな変更なのかな。オークションの追加に香煙草の追加、それからレアモンスターの追加に各種敵の調整にウェポンアーツの調整。このToroiって奴の不具合なんだろ。攻略過密になってポップが追いつかなくなったのか。それとも、強さ的にバランスブレーカーだったのかな」
そんな事を呟きながらフルーツジュースを一気に飲み干すエルツ。
「それじゃ行こうか」
合流した一同はショッピングストリートを通り、港の赤レンガ倉庫を目指す。
様々な店が連なるショッピングストリートには、今日はいつもより人通りが多いようだった。その中でも、ある看板を掲げた店の軒下には目を見張る程の長蛇の列が出来ていた。
――Panastel Pentalon [パナステル・ペンタロン]――
「あれ、ここって水筒とか売ってる雑貨屋じゃない?」とエルツ。
長蛇の列の前で呆然と立ち止まる三人。
「え、何でこんな並んでんの」
「ああ、そうか。もしかして、ここで香煙草[シガレット]売ってるんじゃない?」
そう言ってパーソナルブックを開くスウィフト。
「Panastel Pentalon ってほら、やっぱりそうだよ」
「なるほど。それでこんな並んでるのか。それにしてもこの行列はないだろ。これじゃ並ぶ気になんないって」
エルツの溜息交じりの台詞に微笑するリンス。
「シガレットって、現実の煙草とは違うのかな。僕吸わないからちょっと敬遠かな。エルツ吸う派?」とスウィフト。
「いや、吸わない。吸った事はあるんだけど、なんか肺に煙吸い込むって作業が苦手でさ」
「なんだよそれ、臆病者」
「臆病者言うな」
スウィフトとそんな談笑をしながら、雑貨屋前を通り抜けると三人は赤レンガ倉庫へ。
赤レンガの倉庫の周りには遠目にもよくわかる程たくさんの冒険者で溢れていた。
「何だよ、ここもすごい人だな」
目の前に聳えるは立ち並ぶ巨大な赤煉瓦の倉庫が三軒。壮烈な人込みを掻き分けるように進む三人。中央の赤煉瓦の倉庫に向かってなんとか漕ぎ着けようともがく三人の瞳に映ったモノは倉庫前に並ぶ長蛇の列だった。倉庫付近にどこからともなく流れるアナウンス。
「只今、オークションハウスは混雑のため入場規制をしております。プレーヤーの皆様には大変申し訳ありませんが、また時間を改めてお越し下さいます様お願い申し上げます。繰り返します。只今、オークションハウスは――」
そのアナウンスと人込みにふっと微笑する三人。
「ダメだ、こりゃ」とエルツ。
「出直した方が良さそうだね」とリンス。
申し訳無さそうに項垂れるスウィフト。
「ごめん、こんなに込んでるなんて夢にも思わなかったよ」
「いや、しょうがないって。自分も気になってたし。気にすんなって」とエルツ。
それから三人は再び死に物狂いで人込みを掻き分け、中央広場へと引き返すのだった。
バージョンアップ当日、三人の脳裏にはその壮烈な人込みが焼き付けられる事となった。